おそろい


 金の髪は、窓辺から差し込む光を淡く含み込み、年若い侍女の手の内へと流れていた。
 侍女に髪をいじられているせいか、椅子に腰かけているトゥーアナは動こうにも動けないらしい。こちらを見るなり、珍しく焦りを露わにしているトゥーアナの様子が笑いを誘った。
「なるほどな。呼んでも、そう簡単には来れなかったわけだ」
「も、……申し訳ありません、ガーレリデス様」
「構わん。大概その老侍女もそちらの事情を顧みず、あなたを呼びつけるばかりなのが、気に食わないらしいからな」
 ひゅっ、とトゥーアナは息を呑む。対して、嫌味を確かに聞いたはずの老侍女は、素知らぬ顔で横をすり抜け、トゥーアナの元へと戻った。
「まぁ、特に急ぎの用でもないしな。手紙が届いている。今でも構わないか?」
「はい」
 髪はなされるがまま。背後にこの国の侍女を置いたまま、見られても構わないと、彼女は顎を引く。
 開封済みの手紙を一通トゥーアナに渡し、手近にあった椅子を引き寄せる。
 律儀にも礼を述べるトゥーアナに首肯してみせ、頬杖をついた。
 取り出され、開かれた手紙に、薄く影が落ちる。翳った輪郭の内で、ゆったりと動く紫の瞳だけが、光を孕んでいた。
 いつもと違い、ゆるく癖をつけてあるらしいトゥーアナの髪には、緑っぽい白の小花が散っている。
 トゥーアナ自身よりもよほど楽しげに、侍女は結わいつける花の数を確実に増やしていた。
 テーブルに転がっている花の一つを摘み上げて、指先で回す。
「庭に咲いていたのか?」
「え?」
 顔をあげたトゥーアナに、手にした花を示す。あぁ、とどこか放心したように息を零した彼女は、丁寧な仕草で手紙を折りたたみ、封筒の中へしまってから、こちらへと差し返した。
 アシュレイの、とトゥーアナは、肩越しに侍女を示す。
「彼女が実家に咲いていたものを持ってきてくれたのです。昔、姉たちとよく花の結いあいっこをしていて……ちょうど先日そんな話をしていたものですから」
「そうか」
 笑んだトゥーアナの先で、年若の侍女は手元に集中しながらも、誇らしげに頬を上気させている。
 花の乗っていない前髪を選んで、指先で梳き払う。いつに増して緑が香る。トゥーアナは額に伸ばしかけた手をやわら膝に戻して、かわりに首を傾げた。
「なんだか、花の樹みたいだな、トゥーアナ」
「ありがとうございます」
「恐れながら、……それは褒め言葉なのでしょうか?」
 老侍女は疑わしそうな顔で問う。
 その問いかけは聞こえなかったことにして、トゥーアナの胸元へ流れ落ちる金の淡い髪を一房手に絡めった。
 ふわりと波打つ柔い髪は、いつもよりも軽く感じる。
「俺も、やってみたいな」
 髪とは反対の指先で、くるりと花を回す。紫の双眸をわずか大きくしたトゥーアナは、俺と花とを見比べ、弱り切ったように目を泳がせた。
「あの……、その、私にはできなくて」
「うん?」
「その、私は、……昔から上手くいかないので。アシュレイから教わった方がよろしいかと……」
「ああ、なるほど、な?」
 見れば、トゥーアナの視線の先。そこにある花の茎にはどれも、あらゆる方向へ幾度も曲げられた跡があった。ひしゃげ、どこか形を崩した花々が、さも肩身が狭そうに端で身を寄せ合っている。
 あまりにも明らかな失敗のあとに、俺は老侍女にたしなめられるまで笑い転げることになった。


***


「何をやっているんだ、ラルー」
「見てわかんないの、父上? アシュレイの髪に花を結っているんだよ」
「いや、それは見たらわかる」
 じゃあ、なんなの、とでも言いたげに、ラルーは一瞬だけ迷惑そうな視線を向けてきた。
 どうも幼子に遊ばれているらしい侍女は、真っ赤にした顔を慌てて俯かせる。
「アシュレイが嫌がっているだろう」
「そんなことないよ。父上が邪魔しに来たからでしょ。だってアシュレイは“いいですよー”って言ったもん」
「大体、その花はどこから持って来たんだ」
「イノにもらった」
 庭師の名をあげながら、ラルーは様々な種類の花を着実に侍女の髪へと絡めていく。
 最後の一輪を左の髪先に結い込んだラルーは、侍女の前面へと回り込んで、満足そうに頷く。と、ほぼ同時に広げられた何もない布を見つめ、どこか残念さをふっきるように肩を竦めた。
 ありがとうございます、と恐縮そうに侍女は頭を下げる。
「本当にお上手で」
「うん。アシュレイの教え方が、とっても上手だったから」
 それに一回メレディにもしてあげたしね、とにっこり笑って付け加えた息子の言葉に、耳を疑った。
「ラルー。お前、メレディにもしたのか?」
「うん。結構上手にできたと思うよ」
「なんでそれを早く言わない。よし、見に行こう。面白そうだ。花を外されては困る」
「それは大丈夫。外しちゃだめだって言ってきたし」
「よし、でかしたぞ、ラルー!」
 恐らく、アシュレイ以上に顔色を変え、とりみだすであろうメレディの姿など、そう見れるものではない。
 自然、足早になった俺の横を、ラルーは、たたたと駆けて行った。
 彼女に似た淡い金の髪が揺れる。くるりと丸いつむじが足を動かすごとに見え隠れする。また随分と背が伸びた。
 途端、立ち止まりこちらを振り返ったラルーに追いついて並び歩く。
 くつりと、喉の奥から笑声が零れた。
「ラルー。お前、俺に似て器用でよかったな」