行きつけの喫茶店で遅めの昼食を取っていた有馬は、視界の端でやたらと速いスピードで往復運動をしている何かに気づいて顔を上げた。
 商店街の通りに面した窓に目を向ければ、巨大な籠を抱えた女子大学生が、腕がちぎれんばかりの動作で手を振っている。
 ぎょっとするでもない。この程度であれば、良くも悪くも見慣れてしまっている光景だ。
『あ り ま さ ん !』
 口の動きだけで呼びかけられた有馬は、フォークを持っていない方の手を軽く上げた。
 それを確認すると、当の女子大学生はにっこりと満足気に頷いた後、回れ右をして彼の目の前で意気揚々と歩き出す。
 やがてカランカランと鳴り響いた来客を知らせるドアベルの音を聞きながら、有馬は食事を再開した。

うちがわに寄り添う、いまはそれだけで




「プリンを作ったんです。作りたくなったんですよ、無性に! ちょうどよいところで行き当たりました!」
 ドン、と巨大な籠をテーブルの上に置いて、奏多はほくそ笑みながら有馬の向かいの席に座った。
「あれ、有馬さん。珍しいですね、スパゲッティですか?」
「うん、ちょっとトマトソースが食べたくなった」
「おいしいですよね、トマト! そう言えば、ここでご飯系は食べたことなかったかもしれません。いつもケーキばっかりですしね。私も何か頼もうかな」
「いいけど。メニューを開く前に、そろそろプリンを並べるのをやめようか、魔女子さん」
 いそいそと籠からプリンを取り出しては、テーブルの端に沿って並べていた奏多は、有馬に指摘されてようやく手を止めた。
 テーブルの角から中央を過ぎたあたりまで、一列にびしっと綺麗に整列しているプリンはある意味壮観である。
「おひとついかがですか、有馬さん?」
「いかがですかって、ここお店だし」
 そ、とスプーンを添えてさりげなく差し出されたプリンに、有馬は溜息をついた。
「持ち込んで飲食は駄目なんじゃない?」
「実は、持ち帰って家で食べるという手もありますよ? カラメルはほろ苦ですよ」
「全部?」
「いや、全部とは言いませんけど」
「作りすぎたの?」
「卵は数がある方が、混ぜる時にうきうきしませんか?」
「ちゃんと計算して作ろうよ」
「今日に限って、友達に連絡がつかないんですよね。家族分は一人五個ずつ置いてきました」
「計算しようね、魔女子さん?」
「……は、い、気をつけます」
 しょんぼりと肩を落とした奏多を前にして、有馬は並んでいるプリンの個数を数えた。籠の中にあと幾つあるかは見えないが、並んでいるだけで十三はある。
「プリンって日持ちするっけ?」
「できたら今日中に食べるのがいいんでしょうけど、冷蔵庫に入れておけば一日くらいは持ちますよ。それ以上は保障できません」
「ううーん……じゃあ、三個はもらえるけど」
 それ以上はちょっと無理かな、と有馬は、乱立しているプリンの列から宣言通り三つ抜き取った。
「え、有馬さん、甘いのそんなに大丈夫でしたっけ?」
「プリンは割と大丈夫な方。プリンにもよるけど。魔女子さんのは、ほろ苦なんでしょう?」
「はい、もちろんそうですよ! その通りです! きっちりしっかりほろ苦ですよ! ――おおうっ! なんとついに有馬さんにも甘いものの価値が!!!!」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
 呆れる有馬を尻目に、一人ぐっと拳を握りしめガッツポーズをしている奏多に、彼は『まぁ、いいや』と思う。どちらにしろ彼女の耳には届かないだろう。
 事あるごとに、ずらりと目の前に並ぶ甘いお菓子の集団。
 相変わらず好んで食べようと思うことはないが、見るからに甘そうなお菓子が並んでいても特に抵抗はなくなったことに有馬はぼんやりと気付いた。

お菓子をください 
大量のプリンの残りは喫茶店従業員の皆様がおいしくいただいてくれました。