節分=豆まき大会


「豆を投げつけるんですか?」

 アイカに手渡された豆と彼女の話す祭りの不釣り合い具合に、首をかしげる。
 彼女は、さも当然と言わんばかりに頷いた。
「そうそう。鬼に向かって投げるんだよ。鬼が入ってこないように。で、代わりに福を呼び込むの」
「オニ? フク?」
「んっとね、悪魔と幸福って感じかな? うーん、やっぱり福は天使とか? って、ここ天使もいないしなぁ、……精霊! そうそう、聖精霊! 福は聖精霊!」
 ぱしぱしと手を打って、どうやら納得の言ったらしいアイカは楽しそうに顔を輝かせた。
「なるほど?」とカザリアが、アイカから手渡された豆粒を掌にぐ、と握りしめる。
「つまり、邪魔な奴を追い払って、良いものを呼び招くのね?」
「そうそう、そんな感じです! 鬼役がいるときは、その人に向かって投げるんですよ」
「それって、痛そうですよね」
 物騒な行事があるものだ。思わずもれた感想に、アイカはちょっとばかり眉根を顰めた。
「うん、私、鬼役はしたことないけど、豆は地味に痛いと思うよ」
「まぁ、でも、追い払わなきゃいけない対象なんだから」とカザリアが嬉々として、部屋の窓を押し開く。
 するりと舞い込んだ冷気。澄んだ心地の中、まっすぐに庭園の右端を指差したカザリアは、にんまりと笑った。
「じゃぁ、アイカ、オニはラスリーで」
 言うが早いか、カザリアは、何やら急いで庭園を横切っているらしいラスリーに向かって豆を投げつける。
「えええええええっ!」
「何してるんですか、カザリア!」
 悲鳴を上げて窓に駆け寄った私たちに代わって、カザリアは窓際からさっと身を引いた。
 いぶかしげに見上げられた顔。
 気付かれる前にと、私とアイカも窓から離れる。冷や汗が背筋を伝ったのはきっと私だけじゃない。
「だって、一番オニっぽいじゃない」
「だけど地味に仕返しが怖いのは、ラスリー侯爵じゃないですか!」
「別にラスリーじゃなくったって怒りますよ、あれは!」
「気付かれなきゃいいのよ、気付かれなきゃ」
 しれっと言って、カザリアは笑いながら手を振る。
 が、お茶会を再開した途端、ユージアが口にした来訪者の名に、私たちは揃って顔を見合わせることになった。


「なぜだか空から豆が降って来たんだが」
 分かりやすく原因を求めているラスリーの声音に、思わずカザリアを見てしまい、失敗したことを悟る。
「やっぱりカザリアか」と豆を乗せた手を突き出したラスリーに、カザリアは肩を竦めた。
 くるりと、私とアイカの後ろに回った彼女は、「アイカの国の行事なのよ。行事」とアイカの肩に手を置く。
 途端びくん、と身体をはねさせたアイカの黒眼が恨めしそうに、カザリアを見上げた。
「で、投げたのは、リシェルで」
「違いますっ!」
「あれは、日ごろお世話になっている人に豆を投げつけるって言うぎょう」
「だから、違いますっ!」
 カザリア! と叫んでしまえば、一人取り残されていたラスリーが半ば目を丸くしていた。
 アイカもぱちくりと目を瞬かせ、カザリアだけが「そんなにむきにならなくても」とけらけらと笑う。
 なんだか、嵌められた気がして、吐きだし損ねた息を噛み締めて、口をつぐむ。
 つまり、とラスリーは口を開いた。
「主に、……というか全体的にカザリアが悪いんだな?」
「――どうしてそうなったのよ!」
「ああいうことするのは、お前しかいないだろうが。大体、あの距離で豆当てられるのもお前しかいないだろうが、カザリア」
「「その通りです!」」
「リシェル! アイカ!」
 ラスリーの推測の的確さに、きっぱりと首を縦に振った私たちに対して、カザリアが悲痛な声を出す。
「自業自得です」
「リシェル!」
 知りません、とそっぽを向く。「うーわー」とカザリアは、額に手をあてた呻く。
「で、この豆は本当は何だったんだ」と、勝手にオニ役にされたラスリーの溜息が奇妙な空気の中で響いた。