○年後の話―コトの起こり的なモノ―


 おかしい、と往来の真中で立ち止まり、周囲をぐるりと見渡す。
 右も左もついでに後ろも、目に映るのは賑やかな街の風景。石畳の道に、似たような作りの家や店。少し奥は、入り組んでいそうな細い路地。そうして、通りを行き交うのは、うららかな午後の休日を満喫中の人々だ。
 確認を終えて気付けたことが一つある。予想的中と言うかもう何と言うか、予想するまでもなくここに存在してしまったらしい事実。

「こ、こ、は、ど、こ !」

 ――こんな歳にもなって現在進行形で絶賛迷子らしい現実から目を逸らしたい。

***

「大体、ロウリィはどこに行ったのよ!」
 改めて辺りを見渡す。今度はきちんとロウリィの姿を探してみたけれど、影も形もなし。どの角からも、ぽやんとした顔どころかぽよんとしたお腹すら覗いていない。
 一応分かってはいるのよ。いちいち店先に並んでる小物に目をとられていた私が、悪いんだって。だけど、ちょっとくらい気付いてくれたっていいと思うのよ。私が領主の館以外まで足を伸ばすのが、一体何年振りだと思ってるんだ! 少しは久々にエンピティロまでついて来た妻に気を払いなさいよね。
 流れる月日は恐ろしい。この街の風景は三十年の間に、どこもかしこもすっかり様変わりしていた。結婚したての頃に、ここを訪れた時は街と言うよりも村そのものだったはず。元々、隣の領地からの品が少なからず流入していたこの地域は、新たに大きな交易路が整備されたことで、瞬く間に発展し街になってしまったらしい。今では、隣に限らず他の領地からの行商人たちすら必ずここを通るまでになった。おかげで、多種類の品物がどれも手堅く揃っている。中には、王都ですらなかなか見かけない珍しいものまで紛れ込んでいた。
 ただ相変わらず領主の屋敷のある辺りだけは、のどかな田園風景が広がっているのだけれど。どうも土壌が豊からしいとか、あの場所に住んでいるみんなは根っからの農作業好きらしいとか。ええ、まぁ、それはそれでいいと思う。
 ロウリィが家督を継いでから今まで、実質的な拠点が王都にある現在。少なくとも私は、王都からはるばるエンピティロに帰って来る時、あのどこまでものんびりとした風景が馬車の窓に映し出されるとすごくほっとするのだ。
 だけど、今のこの状況。正直、その屋敷にロウリィと一緒に帰ることができるかも危ういわ。
 余りの情けなさっぷりに思わず肩を落とすも、周りに知り合いはなし。当然助けてくれる人もなし。

「……まぁ、いいわ。ロウリィは放っておいてもいいとして、馬車屋がどこにあるかは誰かに聞いておかないと」

 とりあえず、先決すべきは帰りの足の確保。屋敷に帰りつけさえすれば、いつかは合流できるでしょう。無闇に歩き回るよりも断然効率がいい。馬車を頼んで先に屋敷に戻っておこう。
 こうと決まったら、取るべき行動は一つ。
 通りに開かれた店々の内から、特に理由なく選び出した一店へと、私は馬車屋に行く道を尋ねるべく歩き出したのだ。