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「懐かしいわぁ、この味」
 お義母様はロウリィが淹れてきた薬茶を一口飲むと、ふふっと息をついて、ティーカップを両手で包みこんだ。テーブルを挟んで、ちょうどお義母様と向き合う形。これはなかなか緊張する。しかも、初めて飲む薬茶は独特の風味があってなんだか飲みにくい。くせになりそうな味ではあるけれど、これじゃあ、ちっとも落ち着けないじゃないか。
 ちなみに、ロウリィはお義母様によって早々に追い出された。というよりも、この部屋にすら足を踏み入れることは許されず、客間入り口でロウリィの手から強制的にお盆を受け取ったお義母様によって、回れ右をさせられたのである。見事な鮮やかさでした、お義母様。
「冗談はさておき、カザリアさん」
 お義母様はにっこりと微笑まれた。その笑みにうっかり聞き流しそうになりましたが、冗談って何ですか、冗談って! まさか、あの大規模な塵探し。冗談以外の何物でもなかったのですか。
 ――と聞き返すことは当然できず、胸の内を飛び出しそうな衝動をしっかりと抑え込む。とりあえず、お茶を口にしていなくてよかったと心底思った。
「ロウリエはどうですか? 何か不都合なことなどないかしら」
「……えっと、あ、はい。ロウリエ様にはとてもよくしていただいております」
「まぁ、別に気を使ってくださらなくても結構ですのに。ほら、あの子、親の目から見ても変わっていますから」
 ほほほ、と笑うお義母様は貴族然としていらっしゃって堂々とした貫禄がある。さすが、ケルシュタイード家を取り仕切る奥方様と言ったところか。って、お義母様、この変わりようは何なのですか! 先ほどのはっちゃけたお義母様は一体どこへ。あれは、本当に冗談だったとそういうことなのでしょうか。
 それよりも、何よりも、私がとっさについた嘘が、ああもあっさりと見抜かれてしまったことに驚きです。ロウリィが変わり者だと認めちゃっているのですね……。やっぱりそうだったんですか。今、きっぱりと断言なさいましたものね、お義母様。やっぱりそうだったんですね。
 ですが安心しました、とお義母様は続ける。
「まさか、今年も生きた息子と再会できるなんて思っていませんでしたから。夢のようですわ。これも、カザリアさんのおかげね。心からお礼を申しますわ」
「…………」
 もう絶句するしかないだろう。お義母様は深々と頭を下げなさった。慌てて、顔を上げてください、とお義母様を止める。止めたら、がっちりと手を両手で握られた。
「もう本当に、バタレア家のお茶会でカザリアさんの御両親にお会いしなかったら、今頃どうなっていたことか」
 お義母様はキラキラとした目で私を見つめる。感謝でいっぱいいっぱいといった感じだ。そんな、私、刺客を足にひっかけたり、投げ飛ばしたりしかしていませんよ。むしろ、あなたの息子さんの首ねっこ掴んではがくがくとかやってしまっているのですよ。しかしこんなこと、絶対にお義母様に申し上げられるわけがない。うあああああああ、なんだか、考えていたらものすごく申し訳なくなってきた。良心がきりきりと痛む。ううむ。
 って、でも、ちょっと待ってください。お義母様、今何とおっしゃいましたか。
「バタレア家のお茶会、ですか?」
「ええ、そうよ」とお義母様はにこにことした顔でおっしゃった。
 待て。待て待て待て? バタレア家のお茶会って、お茶会って――確か開催されたのが私たちの結婚式の一カ月半前だったはず。婚約までの日にちを遡って数えたら三日前。これよりも以前にバタレア家でお茶会が催されたのは十数年前の話だ。バタレア家の大奥様が長い間床に臥してあったから、行われていなかったのである。その大奥様の病態が奇跡的に快方に向かい、今では早朝散歩を楽しむことができるまでに回復した。ならば久々にお茶会を開こうか、という話になったのだと言う。バタレア家の庭園はダリアが美しいことで有名だ。私は参加していないのだが、久しぶりにこの国随一のダリア園を見れるとあって、うきうきと出かけて行った両親の姿をよく覚えている。よおく覚えているから、待てと言いたいのだ。
 さ、叫んでもよろしいでしょうか!? 私の両親は一体何を考えているんだ。確かに、婚約から結婚までの日取りが短いなぁとは思っていました。思っていましたが、それは有りなのでしょうか。お茶会でそんなにあっさり決めてくるなんて。ケルシュタイード家との婚姻は、きっと長い時間をかけて検討した結果だろうと思っていたのに。特にお断りする理由もありませんでしたし、深い考えがあるのだろうと、そう思っていたのに。どういうことだ!
「ほら、ロウリエはここの領主になったことで結構危ない立場に立たされてしまったでしょう? カザリアさんの御両親にその話をしたら『我が家の娘なら、そのくらい簡単に撃退できますよー。ロウリエ君くらいなら、楽勝で守れるんじゃないかなー』と言われましてね。本当に心強かったわぁ」
 とりあえず詳しい話を聞こうと、お義母様にそれとなく経緯を尋ねてみたらこんな言葉が返ってきた。
 お父様、お母様、一体自分たちの娘を何だと思っているのですか。娘が婚姻後どういう状況に置かれるか分かっていて送り出したということなのですか、それは。もうものを言う気力もないというものです。がっくりと落ちた肩が床まで落ちてしまいそうだ。
「それにね、ロウリエはどこの薬師よりも上等な薬をつくることができるでしょう」
「え、そうなのですか?」
「あれ、知らなかった?」
 びっくりした様子のお義母様に今更嘘をつくわけにもいかず、素直に頷く。そんなこと知らなかった。だって、ロウリィが口にするのは毒のことばかりだったはず。薬のことなんて一度も聞いたことがない。
「毒に、お詳しいなぁとは思っていたのですが」
「ええ、だからそれは薬に詳しいということに通じる面もあるのよ?」
 えーっとそうねぇ、とお義母様は、顎に手を当てて思案なさる。
「例えば、人の体温を極端に下げてしまう毒草があったとしましょう。体温が低すぎると、人間の体は動かすことが困難になってくるし、最悪の場合は死に至る。知っているでしょう?」
「はい」
「ならね、カザリアさん。あなた、高熱が出た場合はどうする?」
「えっと、そうですね……。その時は、解熱剤を飲んで熱を下げます」
 普通の答えを、これでいいのだろうかと思いつつ、お義母様に返す。お義母様は、「そう。そうでしょう?」とおっしゃった。
「それだって、体温を下げるじゃない? 熱を下げる目的以外に使えば、体にとって悪い影響を与えるわ。結局は毒って組み合わせなのよ。適した配合一つで、毒は役に立つ薬になる。膨大な知識と繊細な技術が必要にはなってきますけどね。毒草は必ずしも体にとって毒となるわけではないの。一つの毒を消すために他の毒を使うこともあるのよ」
「な、なるほど……!」
「まぁ、私も毒には全くと言ってよいほど詳しくはないから、今の説明は適当なんだけどねぇ」
 間違っていても許してちょうだいな、とお義母様は付け加える。適当だったのですか。なんだか、今すごく感心してしまったのですが。
「そもそもね、あの子が初めに興味を持ったのは薬草の方なのよ。昔からあの性格でねぇ、大げさにすっ転んでは、よく怪我していたのよ。その時にうちの旦那がヨモギを揉んで傷口に当てたのよ。『こうしたら血がとまるんだ』って言って。ほら、ヨモギって止血作用があるから。そうしたらロウリエ、目をきらっきらとさせちゃってねぇー。すごいすごいって」
 お義母様の目が昔を懐かしむように和らぐ。なんだか、こちらまで気持ちがほんわかするような表情だ。
「それ以来、あんまりにも草とか葉に興味を示したものだからね、庭で遊んでいたロウリエに『紫陽花には毒があるのよー』って教えてみたら、またきらっきらさせちゃってねぇ。あれは薬にはならない毒なんだけど。間違って口に含みでもしたら危ないと思って。毒に興味持っちゃったのはどうやらそれが原因みたい。おかげで変な子に育っちゃったわぁ」
 ふふふ、とお義母様は片頬に手を当てて微笑まれた。そうなんですか。あなたが原因だったのですか。あの知識。
 ここはお礼を言うべきなのでしょうか。おかげで毒は口にせずにすんでいますって。いえ、そもそもロウリィに毒に関するあの変なくらい驚異的な知識がなかったら、ここには配属されてはいないでしょうが。つまり、私も毒殺の危険にさらされる心配はなかったはずなのですが。
「でね、この話もカザリアさんの御両親に申し上げたのよ。そうしたら、カザリアさんが病気になった時も安心ねってことになったのよ。ロウリエの妻になれば病死の確率は極端に下がるでしょうねって。『いやー安心安心』って、満足そうでしたわ。『あれ、それじゃまぁ利害一致ってことになるじゃないですか。それなら、お互いの為に結婚させてしまいましょうか。ちょうど家柄的にも同じくらいですし問題はないでしょう』って」
 だあああああ! 軽すぎるだろう、どう考えても。でも言いそう。我が両親なら、とっても言いそうな台詞だ。大体、病気で死ぬ可能性よりも、刺客に襲われて死ぬ可能性が高いってことは思いつかなかったのか! 私だって無敵なわけがないじゃないか。我が両親ながら、なんだか、とても酷すぎる気がします。
 私が一人落ち込んでいる目の前で、お義母様はサクサクと焼き菓子を食べ進めた。その表情は晴れ晴れとしたもので、嬉しそうで。本当に嬉しかったのだろう、生きた息子と再会できたことが。それに関しては、よいことだと思うのだ。私も。お義母様に、お礼まで言われて悪い気だってしない。しないのだけれども!
 とんとん拍子どころかぴょんぴょん弾んでお茶会の席の世間話中に決定したらしいこの婚姻という現実に多少打ちひしがれたって許されると思うのだ。どう考えたって、政略の“せ”の字すらないじゃないか! ああ、考えれば考えるほどむなしくなってきた。そもそも、全ては終わったこと。今更取り返しはつかないのだ。潔く諦めたほうが身のためだろう。けれど、これが政略的って……どこがだ!
 もんもんと手にしたティーカップの中の薬種を見つめていると、「と・こ・ろ・でー」と向かいのお義母様から、明るすぎる声がかかった。顔を上げてみれば、にこにことした顔。なんだかとても嫌な予感だ。
「ロウリエとカザリアさんは、いろいろと順調かしら?」
「…………順調、と申しますと?」
「そろそろ孫の顔がみたいわぁ」
 お義母様はふふふと無邪気に微笑む。いえいえ、“そろそろ”ってまだ結婚して二か月ちょっとしかたっていません。どう計算したって、孫の顔なんて見せられるわけがありません。
 ええ、ええ。現実逃避しているっていうのは、私もよくわかっているのですけれど。こういう場合はどう対処したらいいのだ。そもそもあれです。一緒に寝てはいますが、うーん何と言えばいいのか、一般的な夫婦がしているだろうことで言えば、ええと、ええと? 手は、そう言えばちゃんと繋いだことはないな。首根っこはよく掴むけれど。ああ、あと、あの時寒すぎて思わず抱きついちゃったのは、あれは数に入れてもいいだろうか。
 ――とかこんなこと言ったら、その辺の子どもにだって笑われそうだ。いや、しかし、う? ううん?
 一人で脳内問答をしていたところ、お義母様がまた、おほほほーと高らかに笑った。なんだかとっても楽しそうで、今の私には正直すごく羨ましい。
「なーんてね、なーんてね。これも一度言ってみたかったのよぅ。お姑さんの常套句。もうロウリエのおばあ様に何度言われたことか。そんなこと何度も言うなっつぅのよ。しかも男の子男の子ってうるさいったらありゃしなかったわぁ。私、自分が言われ続けて身に沁みていますからね。カザリアさんは安心してね。子どもなんて授かりものだもの。あまり思いこむほうがよくないのよっ! できた時には、もちろん育児等々相談に乗りますから気兼ねなく聞いてちょうだいね」
「……はい、ありがとうございます」
 微笑して礼を述べたら、お義母様は「いいのよぅ、いいのよぅ。じゃんじゃん頼ってちょうだい」となんとも頼もしい言葉をくださった。

 えーっと、でも? つまり総合して考えてみた結果、手すら繋いでいなかったということになるわけで……ロウリィがぽやぽやっとしているせいで、特に気にもしていなかった。そもそものはじまりが、あれだからしかたがない。だって私たちの間に愛なんてそんな高尚なものはないのだ。別に好きあって結婚した夫婦ではないのだ。
 とはいうものの。……あれ? あれれれ?
 これはこれ、ということにして終わってしまってもいいだろうか。