悪いジン(魔人)のお話


 昔々の話です。

 あるところに、ジン(魔人)がおりました。
 ジン(魔人)は人間の願いを叶えることが好きでした。そうやって、自分がどれくらい難しい願いを叶えられたのか、仲間と競って遊ぶのです。

 ある日、ジン(魔人)は、路地の裏で一人の子どもに出会いました。
 暗い道の端で、子どもはうずくまっていました。とてもお腹をすかせていたのです。
 そこで、ジン(魔人)は、子どもの願いを叶えてやろうと思いました。そうして、自分はこんなにも子どもを満足させたのだと仲間に自慢しようと考えたのです。

 ジン(魔人)は「山ほどの卵を出してやろうか」と子どもに尋ねました。
 ジン(魔人)には、魔法が使えますから、小さな子どもがお腹いっぱいになるくらいの卵を出すことなどとても簡単なことです。
 けれども、子どもは首を横に振りました。
「では、タレのたっぷりついた肉を出してやろうか」と、ジン(魔人)はまた、子どもに尋ねました。
 魔法を使えば、一日かけなくても、肉をタレにじっくり漬け込んでやわらかくすることなどとても簡単です。
 けれども、子どもはやはり首を横に振りました。
「それならば、何がいいのだ?」とジン(魔人)は子どもに聞きました。「どんな願いでも叶えてやるぞ」とジン(魔人)は子どもに言いました。
 子どもは、首をひねりました。そうやって、何日も考えていました。
 数日たったある日、子どもは顔を上げると「石がいい」と言いました。
「とびきり綺麗な石がいい」
 子どもは笑って、ジン(魔人)に言いました。
「だから、卵じゃなくて、石にして」
 ジン(魔人)は子どもの願いを叶えてあげました。
 ジン(魔人)は魔法で子どもをちいさな石ころに変えてしまいました。
 ジン(魔人)の掌には、人間の子どもだった黒水晶が残りました。

 それから、しばらくたった日のことです。
 ジン(魔人)は路地裏で一人の青年に出会いました。
「ここに、子どもがいなかったか?」と、青年はジン(魔人)に問いました。
「子どもなら、ここにいた」とジン(魔人)は青年に答えてやりました。
「どこに行ったか、分かるか?」と青年はジン(魔人)に問いました。「あれは、私の弟なのだ」と彼は言いました。
「分かる」とジン(魔人)は青年に答えました。「あれが、お前の弟ならば、お前の弟はここにいる」
 ジン(魔人)は掌を開いて、青年に見せました。
 掌の上には、黒水晶の石ころがのっていました。
「これが、お前の弟だ」とジン(魔人)は言いました。
 青年は、とても怒りました。「なんてことをしてくれたんだ」と青年はひどく憤慨しました。
「お前の弟は石を望んだ。だから、願いを叶えてやったのだ」
 ジン(魔人)は悪びれもなく答えました。
 それならば、と青年はジン(魔人)を問い詰めました。
「どうしてそのような何の価値もない石にしてしまったのだ。どうしてもっと綺麗な石にしてやらなかったのだ」
 青年には、弟がちっぽけで大して美しくもない石に変わってしまったことが信じられませんでした。悲しくなって、彼はそう尋ねました。
 この世には、もっと綺麗な石がたくさんあります。宝石と呼ばれるほど綺麗な石がたくさんあります。
 ジン(魔人)は答えました。「あれならば、黒がお似合いだ」と。
 青年は、顔を真っ赤にして怒りました。
 どうして何の面白みのない黒が、弟に似合うのだと涙を流して言い募りました。
「弟を元に戻してくれ」と青年は、ジン(魔人)は頼みました。
 けれども、ジン(魔人)は首を縦には振りませんでした。
「それは、あの子どもが望んだこととは違う」と言って、青年の言葉を聞きませんでした。
 青年は「弟を返してくれ」とジン(魔人)に懇願しました。
 なので、ジン(魔人)は青年の掌に黒水晶を落としました。
 冷たいだけのちっぽけな黒い石。
 これのどこが弟だと言えるのでしょう。
「こんなもの」と青年は、黒水晶を地面にたたきつけました。
 黒水晶は、粉々に砕け散ってしまいました。
 青年は、弟の名を呼びながら泣きました。
 泣いて泣いて、とうとう泣きつかれた彼は粉々になった黒水晶の近くで力尽きて眠ってしまいました。

 ジン(魔人)は砕けてしまった黒水晶のかけらを集めました。
 魔法を使って、ジン(魔人)は砕けた黒水晶を修復して、二つの石に分けました。
 それから、ジン(魔人)はそのうちの一つを、青年の手に握らせました。
 そうして、ジン(魔人)はその場を離れました。

 朝、目を覚ました青年の手の中には、昨日よりもさらにちっぽけになってしまった黒水晶がありました。
 青年は、今度は、地面に石を投げつけたりはしませんでした。
 ちいさなちいさな石を握りしめて、青年はまた弟を想って泣きました。

 ジン(魔人)は仲間のところへ行きました。自分が叶えてやった二人の人間の願いを仲間に自慢しました。
 子どもを石に変えたこと。
 青年に弟を返してやったこと。
 ジン(魔人)は、仲間に、詳しく話してやりました。
 その証拠にと、手元にあるもう一つの黒水晶を、仲間に見せびらかしました。
 けれども、仲間のジン(魔人)のうちの一人が、彼の話を聞いてとても怒りました。
 そのジン(魔人)はとても優しいよいジン(魔人)でした。
 よいジン(魔人)は悪いジン(魔人)をあっという間に真黒な石に変えてしまいました。
 黒水晶にされてしまった子どもと同じ報いを、悪いジン(魔人)に与えました。

 こうして、悪いジン(魔人)は黒水晶よりも、ずっとずっと黒い、光すら通さない黒曜石に変えられてしまったのです。


 

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