お菓子をください【後編】



 機会というのは別段願わなくても、巡ってくる時には巡ってくるものである。
 有馬と魔女子の場合、その機会はたったの一週間後にやって来た。

「あ!」
 有馬の姿を見つけた魔女子は思わず声を上げる。けれど、予想に反して上げてしまった声の大きさに、魔女子は慌てて自分の口をふさいだ。
「ああ、魔女子さん」
「何でここに!?」
「何でって、ここ僕の大学の通り道だし」
「ってか、何で驚かないんですか?」
「驚かないも何もねぇ……」
 有馬に呆れた目を向けられた魔女子は真っ黒な服など、まして、とんがった黒の帽子などかぶってはいなかった。
「魔女子さんがこの高校の生徒だってこと知ってたし。前にも見かけたことがある」
「嘘!?」
 淡々と語られた言葉に、紺のセーラー服を身に纏っている魔女子は叫んだ。
「じゃなきゃ、あんな怪しい人の言うことなんて聞かないから」
「嘘ぉ……!?」
「まあ、充分怪しかったけど。よく恥ずかしくなかったね。ちょっと尊敬する」
「いや、恥ずかしかった! あれでも充分恥ずかしかったんですよ!!」
 というか、今の状況が恥ずかしい! 穴があったら喜んで入ります! 
 魔女子は本気で穴は無いかと周囲を見渡してみたが、それは無駄な努力で終わった。恥ずかしさで泣けそうである。
「すみません!! 悪気は無かったんです!」
「―――の割には、扉無理やりこじ開けようとするし、山ほどケーキ食べてたよね」
 口調から有馬が多少面白がっていることが分かっていても、魔女子には返す言葉などあるはずもなく、「うぅ」と言葉を詰まらせた。
「だって、有馬さん、あまりにもあっさりと扉を閉めたから、ちょっと……意地になって。ケーキは……目の前にあったら食べたくなってしまうものです」
「駄菓子屋にはケーキなんてなかったと思うけど?」
 有馬の突っ込みに魔女子はまたもや言葉を詰まらせる。
「はい……正直言うとあの時は頭の中ケーキでいっぱいでした。ハロウィンのケーキおいしそうでいいなぁってずっと思ってたので……」
 しばらく項垂れた後、魔女子は顔を上げた。
「でも、本当に悪気があったわけじゃなかったんです! あれは、罰ゲームで……」
「うん。そうだろうね。そうじゃないのに、あんなことしてたらビックリする」
「有馬さんの家のベルを鳴らしたのは本当に偶然で! というか、鳴らしたのは依月で、のりちゃんの家が有馬さんの家の隣で! ああ! そうじゃなくて、もっとちゃんと謝らないとですね! 本当にすみませんでしたぁ!」
 魔女子は地面に頭が着きそうなほど深々と頭を下げた。
「別に責めてるわけじゃないから、謝らなくてもいいよ。でも、まあ、その二人の友達にも罰ゲームは程々にって伝えておいて?」
「はい、もちろんです!」
 魔女子がガバリと勢いよく顔を上げた。制服の襟が立ったままになって、頭の後ろに付いている。
「魔女子さん、エリマキトカゲになってる」
「へ? うわっ……」
 顔を真っ赤にさせながら襟を整える魔女子の姿があまりにも可笑しくて、有馬は笑った。
「うん、まあ、そういうことだから。じゃあね、魔女子さん」

 あっさりと行ってしまおうとする有馬の服の袖を魔女子は掴んで呼び止めた。
「待ってえ! お詫びします! 何か……そうだ! ケーキ奢らせてください!! 思う存分食べていいのでバイキングに行きましょう!」
「別にいいよ。ケーキ食べたくないし」
「お煎餅でもいいですから!!」
「煎餅も一枚くらいでいいし。気にしなくていいよ。高校生にたかる気は無いから」
「でも、それじゃあ。私の気が治まりません!」
「困ったね」
 必死にしがみつく魔女子を見ながら、有馬は苦笑する。
 その時、ぐぅ~、というくぐもった音が聞こえてきたものだから有馬の笑いは本笑いへと突入した。
「……すみません」
「魔女子さん、お腹空いてるの?」
「……はい」
 申し訳なさそうに目を伏せた魔女子の手へと有馬が飴玉を渡した。
「飴……? 有馬さん、甘いの苦手じゃなかったですっけ?」
「うん、だから悪いけど甘くないよ」
「でも、飴でしょう?」
「うん、飴だね」
 小さな飴の袋には珈琲と書いてある。魔女子はその袋をピリリと破った。コロンとした丸い黒茶の飴玉を口に含む。
「に……苦い」
 魔女子の顔が歪む。
「だから、甘くないって言ったじゃないか」
「でも、飴ですよ? 珈琲味の飴でも普通甘いですよ?」
「だって、それ砂糖入ってないから」
「詐欺だーーー!」
「詐欺じゃない。詐欺じゃない」
 有馬は声を立てて笑いながら歩き出す。魔女子も顔を歪めたままそれに続いた。
 ガリガリと飴を噛んで一気に飲み込む。
「魔女子さんは苦いのが苦手なの?」
「どうせ、お子様ですよ」
「いや、そうじゃなくてね。お腹の足しになるかなぁと思ったんだけど、却って悪かったみたいだね」
 肩を竦めた有馬に向かって魔女子は、「いえいえ」 と手を振った。

 有馬は歩き続ける。
 この先に何があるのか、魔女子は知っている。
 けれど、向かう場所がどこなのか、期待を込めて魔女子は聞いた。
「どこに行くんですか?」
「さあ、どこだと思う?」
「ケーキ屋さんですか?」
「僕は今度こそ駄菓子屋がいいんだけど」
「今日は、そうですねー、バナーヌなんかいいかもしれません。あ、でも、ロールケーキも捨てられませんね」
「また、聞いてないね?」
「はい、聞いてません!」
「言っとくけど、今回は魔女子さんが払うんだからね」
「わかってます! どんとお任せあれです。有馬さんは奢られちゃってください」
「本当は心苦しいんだけどね。でも、魔女子さんの気が治まらないんでしょう?」
「はい、その通りです! それに、この間付き合ってくださったお礼でもあります。一番高い珈琲頼んでいいですよ?」
「あの店、珈琲の種類一つしかないから」
「そうでしたっけ?」
「そうです」
 有馬は一週間前の魔女子の様子を思い出して納得したように頷いた。
「魔女子さん、ケーキに夢中だったからね」
「だって、あそこのケーキ本当においしいんですって! 本当に有馬さんにもわからせたい! というか、その魔女子さんってそろそろやめません? 私の名前は奏多です」
「そうなんだ。はい、じゃあ魔女子さん、着いたからさっさと入る」
「だから、奏多ですって!」

 カランコロンとドアベルが鳴る。今度はどこか楽しげに。
 二人がこの店の常連になったかどうかは、きっとこの店の店員が知ることになるだろう。
 とりあえず今は、再び現れた制服の魔女に、店員の顔が少しひきつったということだけは事実である。