おかしな夏休み【5】


「中原!」

 呼びかけられた奏多は、向こうから駆けてきた彼氏――中村俊に向かって手を振った。
 待ち合わせの時刻は既に十分過ぎている。けれど、遅れる旨についてはメールをもらって知っていたのだ。
 だから、別にそう急ぐことでもないだろうに相当急いできたらしい相手に、奏多は声をたてて笑った。
「中村くん、髪、すごいことになってるよ」
「まじで?」
「うん」
 奏多は手を伸ばして、俊の髪を整えてやる。俊はきまり悪そうに視線を奏多から外すと、「ありがと」とぼそりと呟いた。
 なぜか三本柱みたいに逆立っていた髪型を思い出して、奏多は笑う。
「なんであんな髪だったの?」
「それが、わかんないだけど、家出ようとしたら、玄関でいきなり姉ちゃんに髪引っ張られたんだよな」
「あぁ! 喫茶店のお姉さん。私、中村君のお姉さんがあそこでバイトしてるって知らなかったよ」
 でもあんまり似てないね、と奏多は俊の顔と記憶の中の顔を見比べる。
「昔からよく言われる」
 相槌を打った俊は、まだ慣れない距離感に言葉を探した。
「やぁー、でもさ。なんか、こうやって会ってると変な感覚」
「そうだね、会う時っていっつも学校だったし、卒業してからは会ってなかったからね。制服じゃないだけでもずいぶん変な感じ」
 高校時代二年三年と同じクラスだった二人は、五十音順だと名前が近いこともあり、学年の初めは常に席が隣同士だった。自然、会話はするようになったものの、外に遊びに行くほどの仲ではなく、家の方向も真逆だったため、学校以外で会うことはなかったのだ。
 水色のワンピースに半袖のパーカーを羽織っている奏多は「慣れないねぇ」と、照れを隠すように、道路の先を見て言う。
 九月に入り真夏に比べるとめっきり涼しくなった昼間は、少し汗ばみはするが、出歩く分には随分と気持ちがいい。
 きれいに晴れた空は青く、白い雲は近頃入道雲から形を変え始めていた。
「いこっか」
「そだね」
 誘われて、奏多は俊と並んで歩きだす。
「リストってあとどのくらい?」
「あと、七つだね」
「なら、夏休み中には終わりそうだな」
「だね。もう一回ずつは食べておきたくって」
 奏多は楽しそうに首肯する。
「学校が始まったら、そっちの大学のおいしいところも一緒に回ろうね?」
「そうだな」
 言いながら、ぎこちなく繋がれた手に、奏多は「ふはっ」と噴き出す。
 途端、恨めしそうに俊に睨まれて、奏多は笑いながら手を握り返したのだ。