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ハローハローウィーンカボチャカタブランカ


 相手に気がついたのは、おそらくほとんど同じタイミングだった。
 あの、となにやらかしこまりはじめた相手を有馬は押し留める。
「彼氏君だよね? 魔女……中原さんは、お隣かな?」
 有馬は自宅の鍵を開けながら聞いた。
「あ、そうです。……と、魔女子でわかります、一応」
「そう?」
「いや、でも、なんで」
 俺が中原の彼氏って、といかにも好青年な彼氏君は口ごもる。
「わかるも何もなかったんだけど。まぁ、入ったら?」
 有馬は自宅の扉を開いた。
 彼氏君は少し迷ったようだが結局ぺこりと律儀に頭を下げて、促されるまま中へ入る。
 むしろわからないほうが難しいのでは、と買い物から戻って一番、牙のない吸血鬼が自宅前に立っているのを目撃せざるをえなかった有馬は、思った。

「コーヒーでいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
「お隣さんのと間取りと違うから、こっちは狭いけど、適当に座ってて」
 有馬はコーヒーの用意しながら言った。玄関近くで逡巡していた彼氏君は、座卓周りに落ち着くことに決めたらしい。背についている黒マントの割に、こぢんまりと正座した彼氏君に「マント外さないの」と声をかければ、彼氏君はおおいに顔を赤くして、マントをまるめ脇に置いた。
「なんか……彼氏君も大変だね。嫌なことは断っても構わないと思うけど」
「あ、名前、中村俊といいます」
「彼氏君、中村さんの弟さんなんだってね。改めて見ると、よく似てる」
「はい、よく言われます」
「砂糖は必要?」
「このままで大丈夫です。ありがとうございます」
「どういたしまして」
 ほかほかと湯気立つコーヒーカップを座卓へ並び置いて、有馬は俊の向かいに腰掛ける。
「それで、何かうちに用があった?」
 奏多に外で待っていてと言われたのかもしれないが、明らかに有馬の家と向かいあって立っていた俊は、今にも扉を叩こうとしているように見えた。だから、つい入れてしまったが、まぁ勘違いだった時はその時である。
 あの、と俊は顔をあげる。
 そろそろ足崩さないと、しびれそうだなぁ、と思いながら、有馬は続きを待った。
 どんどんどんどん、と玄関扉が鳴り響く。
「有馬さーん! 有馬さん。中村君ってこっち来てます?」
 続いて聞こえてきた声に「そろそろもう少し穏やかに叩けないものかな」と溜息をつく。「なんかごめんね」と断りを入れて、有馬は玄関へ向かった。
「ハッピーハロウィン! 有馬さん! お久しぶりです!」
「魔女子さんは、相変わらずだねぇ」
「そんなことないですよ。ほら。魔女帽子は久しぶりじゃぁ、ないですか。去年も一昨年も、ここではあれっきりつけてませんでしたし。懐かしいでしょう!」
 言って、奏多は黒のとんがり帽子の先っちょをつまみあげてみせた。
「そう言われてみれば、そうだっけ。毎年つけているような気がするけど」
「のりちゃんの家では毎年つけてるんですけどね」
「つけてたんだ」
「今回は、なんとお菓子も持って来ちゃいましたよ! 去年はかぼちゃの煮付けでしたけど、やっぱりあれはかぼちゃってだけでハロウィン感は薄いですよね。大丈夫! のりちゃんの家では別のを食べましたから!」
「何が大丈夫なのか、よくわからないけど」
「おおーい、中村君! いたいた。外にいなかったからびっくりしたよ。中村君があのままの格好で先に行っちゃうから帽子かぶってきちゃったけど、マント外しちゃったんだね」
「あ、悪い」と謝った俊に、「全然、まったく、問題ないよ」と奏多は有馬越しにひらひと手を振った。
 今年ももうそんな時期か、と相変わらずな状況を有馬はむしろ感慨深く思う。
「とりあえず、魔女子さんも中に入ったら?」
 有馬がそう促すと、奏多は黒い大きな帽子を取って「おじゃまします」とお辞儀した。

「彼氏君来たから、一応魔女子さんの分もと思ってコーヒー多めにつくってたけど」
「あれ? 有馬さん、中村君の名前聞いてないですか? あちら、中村俊君です」
「彼氏君も、おかわりいる時は、遠慮なく言ってくれて構わないから」
「中村君ですよ、有馬さん」
「いや、中原、俺はそのままで構わないから」
「だめだよ。そんなこと言ってたら、有馬さんの場合ずっとこのままになっちゃうから。私なんてずっと魔女子のまんまだよ!? 有馬さんも有馬さんですよ。いい加減適当に呼び名つけるのやめたほうがいいですよ。そのうちとんでもないことになったって知りませんよ」
「とんでもないことって?」
「とんでもないことはとんでもないことです!」
「そっか。それで、魔女子さん。コーヒーはどうするの?」
「いただきます! あ、有馬さん。カフェオレにしちゃってもいいですか?」
「いいけど、牛乳今切らしてるよ?」
「のりちゃんの家でつくったクリームの残りがあるから問題ないです! 砂糖だけいただきますね」
「わかった」
「ありがとうございます」
 奏多は黒帽子と持ってきていたケーキボックスを座卓へ置いて、台所へ向かう。
 本人に任せて、もとの位置に座りなおした有馬は、対面の俊の眼差しが吸い寄せられるように奏多の背を追っていったのを発見してしまった。
 奏多のテンポに馴れているのか、ぽんぽんと飛ぶ会話に呆気に取られた様子もない。戸棚から砂糖をとりだす奏多を、恐らく本人も無意識に見つめている様は傍目に微笑ましく、こちらまでなんとはなしに面映ゆい気持ちになる。その対象が奏多であるから、そこへさらに奇妙な気分までプラスされてしまうのは、いた仕方のないことだろう。
 正直、ついこの間まで公園のダンゴムシをつつきまわすことに熱心だったはずの顔見知りの小学生が、本人たちの気づかぬまま互いを意識しはじめたことにうっかり気づいてしまった近所のおじさんのような心持ちである。
 あの魔女子さんがねぇ、と有馬は、俊に話しかけるのもためらわれて、ひっそりと手元のコーヒーを飲んだ。
「有馬さーん。お皿とフォークもお借りしたいのですが。あ! と、ナイフも!」
「わかった。そっちは出すから、魔女子さんは先に座っておきな?」
「そうですか?」
 首を傾げた奏多と入れ替わりに、立ち上がった有馬は流し台の上の戸棚から人数分の皿を取り出す。その拍子に、奏多をちょいちょいと手招きする俊が視界の端に映りこんで、有馬はこの場にいるのが、こそばゆいやら、いたたまれないやら、とんでもなく奇妙な気分にさせられた。
 仲がよいのはこの上なくよいことであるが、ほのぼの幸せオーラを振りまくのなら、人目のあるなしを確認してからやって欲しいものである。目があうごとに笑み崩れる二人が並んで座っている場所へ戻るのは、まるで邪魔をしにいくようでなかなか勇気がいった。
 招きいれたのは自分といえ、そもそもどうしてこんな状況に陥ったのかが、有馬にはまるでわからない。
 ケーキボックスからパイを取り出した奏多へ有馬はナイフを手渡す。
「すごいね。ホールごと持って来たんだ」
「心配しなくても、ちゃんとのりちゃん家族と伊月ちゃんにも同じのを渡してますよ」
「三ホール?」
「作ったのは、家族用含めて、四ホールですねぇ。さすがにつぶしがいがありました」
「そうは言っても筋肉痛になりそうだね」
「なりましたよ! なりました! 今日、絶賛筋肉痛真っ盛りです。けど、どうしてもどっしりしたパンプキンパイにしたかったんですよね。あ、一応、甘さ控えめで、かぼちゃかぼちゃしてますから、有馬さんも大丈夫だと思います」
「助かる」
 奏多はさっくりと切り分けたパンプキンパイを、有馬が広げた皿へ順序よく取り分けていく。奏多は同じくケーキボックスの中に入れていた小瓶からフォークで生クリームを掬って、自分の分と俊の皿へ添えた。もちろん自分のコーヒーへ落とすのも忘れない。
 ぽっとりと浮かんだ端から、コーヒーに溶け崩れていく生クリームに満足して、奏多は一人こっくりと頷いた。
「どうぞ召しあがってください。たくさんあるので、おかわりもお好きなだけどうぞ!」
「中原。その前に、ちょっとだけ、いいかな」
 すでにフォークを手にしていた奏多は、俊の視線を受けて、フォークを皿へ戻した。
「今?」
「うん、ごめん。――有馬さん」
 ぴしりと姿勢を正しなおして、俊は緊張気味に有馬に向きなおった。改まった空気を感じたのか、奏多までもが心なしか背筋を伸ばす。いったい、さっきから何なのだろう、と思いつつ、有馬も心なしか姿勢を正してしまった。
「あの」
「うん」
「俺、今年の夏から、中原さんとはお付き合いをさせていただいています」
「知ってるけど」
「あの! ちゃんと、中原のこと大事にしますんで!」
「う、うん?」
「以後、お見知りおきをよろしくお願いします」
 言うや、俊は深々と頭を下げた。
「え、なんで僕」
 いったい何事かと、助けを求めて奏多を見れば、俊につられて、奏多もぺこりと頭をさげているところだった。もはやどこから突っこめばいいかわからず、有馬は溜息をついた。訳がわからない上、目の前の俊が真剣な分、始末が悪かった。
「えーっと、まぁ、よろしくね? で、いいのかな? とりあえず、頭をあげよっか。それで、これ食べちゃってもいいかな?」
「あ、はい、どうぞ! すみません!」
「ついでに、そろそろ足崩したら。見てるとこっちまでしびれそうだから」
 有馬が言うと、ぺこりと小さく会釈した俊は、言われた通り素直に正座を崩す。案の定、足がしびれていたらしい俊は、体勢を変えようとするごとに顔をしかめている。
 有馬は苦笑しながら、切り分けられたパンプキンパイへフォークを差し入れた。ぱりっと音を立ててパイの表面が崩れる。
 食べないの、と二人に促すと、奏多は嬉々としてフォークを手に取った。その横で、俊も押し黙ったままフォークに手を伸ばす。
「うん、これは我ながらおいしくできました」
 奏多は嬉しそうに、ぱくりぱくりとパンプキンパイを食べ進める。
「うん、これはおいしいかも」
 有馬が同意すれば、奏多は満足そうにほくそ笑んだ。かぼちゃかぼちゃさせたかったと言っていた通り、ほとんど素材そのものの味がする。表面がぱりっとしている他は、しっとりとかぼちゃを包んでいるパイは、バターの風味がきいていて、なめらかな口当たりのかぼちゃの味を引き立てていた。
 これなら有馬のように甘味が苦手な者も食べやすい。
「あのね、彼氏君?」
 有馬は、パンプキンパイの上にクリームをのせている最中の俊に言った。
「一応、言っておくけど、僕、魔女子さんの兄でも従兄でもないよ?」
「はい、知っています、けど?」
 俊は首を傾げる。
「あれ? 予行練習だった?」
 反対に首を傾げた有馬に、俊はますます首を傾げた。
「魔女子さん。この後、彼氏君、家族に紹介しに行くんじゃないの?」
「行きませんよ?」
 どうしてですか、と奏多は首を傾げつつ、カフェオレを口に運ぶ。「おおう、こっちは砂糖入れすぎた」と眉をひそめた奏多と、またもや姿勢を正しつつある俊を、有馬は交互に眺め「え、じゃあ、なんで僕」と再度呟いた。

「簡単に言いますと」と奏多は、ぴっとフォークを立てて言った。
「魔女子さん、フォーク」と、有馬は苦言を呈す。
「中村君が、『せっかくだから有馬さんに挨拶しに行きたい』って言いだして、そうしたらのりちゃんと伊月ちゃんが面白がって『行ってこい』『行ったほうがいいわね』って言うから、確かに有馬さんには一度、きちんと挨拶しておいたほうがいいかな、と思いました」
「うん、その思考の展開がよくわかんないんだけどね?」
 そもそも友人たちに面白がられていると気付いた時点で、どこかがおかしいと気付いて、止めてほしいものである。
 それで? と、有馬は事の発端らしい俊に水を向ける。
「いえ、その、納得してもらえるような理由があるわけではないんです。ただ、その……」
 口ごもった俊はごまかすように頬をかく。だが、次の瞬間、顔をあげた俊は、有馬を真っ向から見据えた。
「一方的ではあるんですが、有馬さんのことは知っていて。だから」
 どーんどんどん、と玄関扉が鳴り響く。
「有馬ー! 有馬ー! あーりーまー! 頼む! 一生のお願いだから、たすけてー! 仙爺のノート貸して! まじで、ほんとうに、今回は、レポート出さなかったら追放されるうううう!」
 頼むよー、という泣き声と共に、どーん、と玄関が叩かれる。
 はぁ、と溜息をついた有馬は、「なんか本当にごめんね」と俊に言い置いて、立ち上がった。
「将さんですか?」と聞く奏多に、「そう」と返しつつ、有馬は傍のラックに立てていたノートを引き抜いて、玄関に向かう。
「あーりーまー!」
 玄関を開いた瞬間、満面の笑みで飛びかかってきた将を、有馬は避ける。勢いのままに玄関口に転げた友人の頭を、有馬はノートではたいた。
「うるさい。近所迷惑」
「え! あ! なんだ! 魔女子さんじゃん! 何その隣の男。聞いてないよ!? 何!? 有馬修羅場だった!? うれしはずかし三角関係!?」
「ノートいらないの?」
「いりますすみません調子乗りましたレポート終わんなくて徹夜であほテンションなんです許してください有馬様」
「ごめんね、りおなちゃん。こいつのせいで来れなかったよね?」
 ノートを将に引き渡した有馬は、少し離れてこちらの様子を伺っていたりおなに声をかけた。今年は妖精にしたらしい。ピンクのドレスに薄い半透明の羽をつけたりおなは転がったままの将に怯えつつ、「有馬。あれ、大丈夫なの?」と問いかけた。
「うるさいけど、一応害はないから。大丈夫」
「そう? じゃあ、有馬。トリックオアトリート!」
 言うが早いか、りおなは有馬に掌をつきだす。それを受けて、有馬は玄関傍に用意しておいたクッキーの詰め合わせをりおなに持たせた。
「やった! ありがとう」
 りおなは嬉しそうに笑みを零して、腕にぶらさげた菓子籠にいそいそともらったばかりの菓子を加える。
「あ、俺もあった。あったよ。ハッピーハロウィーン!」
 ジーンズのポケットを探って取り出した飴玉を将は、りおなに向かって差し出す。けれども、りおなは「いらない」とそれを突っぱねた。
「魔女子ちゃんだ!」
 りおなは、玄関から有馬の部屋をのぞき込んで、中の奏多に手を振る。ひらひらと手を振り返して、奏多は「久しぶりですねぇ」と笑った。
「魔女子ちゃん、トリックオアトリート!」
「はい! あいにくその籠に入るお菓子は持ちあわせていないのですが、よかったら、りおなちゃんもパンプキンパイ食べていきます?」
 これ、と奏多は食べかけのパンプキンパイがのった皿を持ち上げる。
「よかったら、将さんも」という提案に、将からは即座に元気のよい返事があった。
「レポートはいいの?」
「ちょっとくらい休憩したいってもんでしょ。だって、六レポート連続なんだぜ?」
「自業自得だろ」
 呆れる有馬を尻目に、将は靴を脱いでいそいそと部屋にあがりこむ。
「りおなちゃんもあがったら? あれだったら、先におばあちゃんに言ってから来たほうがいいかな?」
「うん、ママとおばあちゃんに聞いてくる」
「しばらく鍵、あけておくから。大丈夫だったら勝手に入っておいで」
「わかった」
「有馬さーん。お皿とか、出しちゃって大丈夫ですか?」
「うん、お願い」
 急いで駆けていったりおなを見送って、有馬はいったん玄関を閉める。
 そう言えば、さっきの話の続き、と俊を見れば、ちょうど将に絡まれているところだった。目があって、軽く会釈される。絡まれるがまま、将と話しはじめた俊の姿に、話はあれで全てだったらしいと有馬は悟った。
 よくわからないが、素直に、挨拶をしに来ただけのようだった。
 ジュースって何か残ってたっけ、と冷蔵庫を覗いた有馬は、追加分の食器を用意していた奏多から、「そういえば有馬さん」と声をかけられた。
「何?」
「いつの間に、りおなちゃんは魔女美さんから、りおなちゃんなんですか? 有馬さんもいつの間にか、梅昆布じゃなくなってますし」
「いつの間にって言われても、安田さんの手前、さすがに呼べないし。そもそも、りおなちゃんとの根競べに負けた形?」
「私だって、散々、違うって言ったのに。ずるいですよ」
「魔女子さんは、魔女子さんに馴染むの早かったと思うけど」
 とりあえずリンゴジュースがあることを確認して、有馬は冷蔵庫を閉める。
 用意してもらった二人用の皿とフォークの他に、カップを取り出して、「それに」と有馬は付け加えた。
「今更、中原さんとか、奏多さん、って言われたら気持ち悪くない?」
 問われて奏多は吟味するように宙を見上げる。けれども、結論はそう時を置かずして出たらしい。
「気持ち悪いですねぇ」
「でしょ? 今日、彼氏君の手前、中原さんって言ってみて、ものすごく気持ち悪かった」
「あ、でも、中村君のことはちゃんと中村君って呼んであげてください」
「うーん。気を付ける」
 カップはまだ流しに残したまま、有馬は「運ぶね」と声をかけて、皿とフォークのセットを取りあげた。
「お願いします」と、笑って、奏多はパンプキンパイを切り分けに一足先に座卓へ向かう。
 目の前で繰り広げられている騒がしさと、たぶん合流するであろうりおなを思って、今年はやけに賑やかだなぁ、と有馬は苦笑した。