二度あることは三度ある



「有馬、有馬、トリック・オア・トリート!」

 がちゃりと、扉を開けた瞬間、緑の背高帽を被った男がそう言った。
 有馬は冷やかな目で彼を一瞥すると、おおげさな音を立てて扉を閉める。そのまま容赦なく、鍵をかけ、ついでにチェーンまで掛けた。
 背後で、カチャカチャと、ゆず茶をスプーンでかきまわす音が響く。
「お客さんですか?」と、こたつの一角を陣取っていた奏多は、玄関から戻って来た有馬に尋ねた。
 こたつは、今日はまだ寒くはないのだが、明日から寒くなるという天気予報に合わせて、今日の午前中に引っ張り出したばかりのものだった。電源はついておらず、中は温かくもないが、こたつがあると何となく布団をかぶりたくなるものであるらしい。こたつの布団をかぶって、ゆず茶の用意を進めている奏多は、傍から見ると、随分とぬくぬくしたこたつに埋まっているようだった。
 首を傾げている奏多に向かって、有馬は一度首を振る。
「ううん。魔女恵さん候補が来ただけ」
「はい!?」
 奏多が頓狂な声を上げると同時に、ガンガンガンと扉がけたたましい音を立て始めた。
「あーりーまー、こら、開けろって!」
「あ、有馬さん、呼ばれてますよ」
「うん、ほっといていいよ」
 あっさりと言い放って、有馬も同様に冷えたこたつに入り込むと、出来上がったばかりのゆず茶に手を伸ばした。彼がのんびりとゆず茶をすすっている傍で、奏多はぎょっとした顔のまま、どこかおそるおそるとしながら、玄関がある方向に目を向けていた。扉は相変わらず鳴り続けている。
「なんだか、これ、ホ、ホラーですね……」
「けど、魔女子さんたちも全くおんなじことしてたからね?」
「い、いえ、こんなに酷くは……!」
「程度の問題じゃないと思うよ?」
「ひぃ! すみません」と、奏多は平謝りした。
 有馬は梅昆布に手を伸ばしながら、こたつ布団を握りしめている彼女を、有馬はちらと見やる。
「まぁ、お化けでもないし、悪い奴じゃないから、大丈夫だよ? 怪しくはあるけどね。大学の友達」
「そ、そうなんですか」
「うん。でもいい加減うるさいね。将(しょう)もすぐ諦めてくれればいいのに」
 はぁーと、有馬は、面倒くさそうに溜息を吐きだした口に梅昆布を放り込んだ。よっこいせ、と億劫そうに立ち上がる。
 有馬が鍵を開け、扉を開いた途端、「お前は早く開けろよな」という文句と共に、ずかずかと緑の帽子を頭に載せた青年が部屋の中まで入って来た。
 将は勝手の知った友人の部屋のこたつに、見知らぬ女子を見つけて、声を上げる。
「何、このこ、有馬の彼女!?」
「違うよ、ただの知り合い」
「あ、従妹とか?」
「従妹じゃないけど、知り合い」
「へっえー」
 呆気にとられて二人のやり取りを見ていた奏多は、自分のすぐ目の前に、ずいと顔が近づいてきたことにびっくりして、体を引いた。
「やぁああ、この子、若いね!」
「お前は、どこの親父だ。怖がってるから」
 げし、と有馬は、容赦なく友人を蹴って、奏多の前からどけてやった。
「有馬、おっまえ、友達に何すんだよ」
「友達だから蹴るんだろ。ごめんね、魔女子さん、多分悪気はないと思う」
「な、これが、魔女子さんなの!?」
「将、うるさいから、お菓子だけ出して帰って。どうせ持って来たんでしょう、持ち込み用を」
「ひっで」
「あー、はいはい。うるさいよ、魔女恵さん」
「誰だよ、魔女恵って――わぷっ」
 有馬は、彼の対応に慣れているのか、手加減なく、友が被っていた緑の背高帽を引きずり下ろした。
 帽子のせいで顔が半分隠れてしまった青年が、ぎゃーぎゃー叫んでいる。

 仲が良いのだろう。友人に対する有馬の扱いは、遠慮が感じられない。
 彼らの様子を見ながら、奏多は一人静かにゆず茶をすすった。
 それでも彼女は、友達ではなく、知り合いで良かったのかもしれないと、こっそりと思ったのだ。