かぼちゃぱんぷきんじゃっくん



 有馬は、とてつもない眠気に襲われていた。
 昨日、友人に頼まれていた資料を持って行ったところ、そのままなぜか自分とはまったく関係のないサークルの飲み会に強引に連れ込まれ、そこそこで帰ろうとしたらば、酔いつぶれた屍に、腕を掴まれしくしくと鬱陶しく泣かれる始末。明け方始発とともに何とか彼の家に送り届ければ、友人の母に、ひどく謝られ朝食をとることに。だが、さすがこの友人にしてこの母ありと言うべきか。できだけ早く帰りたかったのは帰りたかったのだが、際限なくしゃべり続ける友人の母を前に、有馬は昼食までごちそうになってきてから、ようやく家にたどり着いたのである。友人が誰なのかは、あえて伏せておくことにしよう。
 確か今日は三、四、五限と授業が入っていたはずだがそんなこと知らない。
 とにかく眠かった彼は、真昼間から泥になって眠るべく、ずるずると布団を引っ張り出すと、文字通り倒れた。
 ガンガンガン、と扉が打ち鳴らされたのは、有馬がちょうど夢と現実のはざまに立った時だった。
「……むり」
 有馬は、布団にもぐりこむ。当然、来客に対応する気などさらさらない。
 いくら、ガンガンガンと扉が悲鳴を上げようが完全無視を決め込んだものの勝ちである。
「あーりーまーさーん!」
 多分そうだと思ってた、と有馬は胸中で呆れかえる。それでも立ちあがるには至らなかった。
 いくら魔女子さんでも、中で物音一つ立てず無視しきれば、帰ってくだろう、と。
 だが、その考えは甘かったのである。
「いないんですかー?」という声は、どう聞いてもしょんぼりと落ち込んでいた。
 少しだけ良心がいたまないでもないが、いかんせん眠い。
 眠くて仕方ないのである。
 奏多と睡眠だったら、と迷うまでもなく、有馬は自分の睡眠を優先した。
「あら、奏多ちゃん、おひさしぶりねぇー」
「あ、安田さん。こんにちは! この間は、お菓子ありがとうございました」
 やんだ扉の音に安心したのもつかの間、聞こえてきた穏やかな会話に、有馬はさすがに飛び起きた。
 ご近所さんにご迷惑をおかけするわけにはさすがにいかない。
「あれ、有馬さん、いたんですか?」
 慌てて玄関の扉を開いた有馬に、玄関先にいた奏多は「てっきりお留守かと思いました」と驚いた顔をする。
「よかったわねぇ、奏多ちゃん」とおっとりと笑う安田さんに、有馬は「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
 ああ、そうだわ、と安田さんはごそごそと手にしていた紺の手提げ袋から、金平糖を取り出す。
 よかったら、と差し出された金平糖が入った瓶に、奏多は「いいんですか!」と目を輝かせた。
 二つ先の家に帰って行った安田さんに、奏多はひらひらと手を振る。
 で? と、眠気を押しつつ有馬は奏多に尋ねた。
「魔女子さんは、いったいどうしたの?」
「……眠そうですね、有馬さん」
「うん、すっごく眠い。今日出かけるのは、ちょっと無理そう」
「大丈夫ですよ。今日は喫茶店じゃなくて」
「うん」
「有馬さん有馬さん。今日、ジャックの夢を見たんですよ」
「よし、魔女子さん、帰ろうか」
 嬉々として報告してきた奏多を残し、有馬は容赦なく扉を閉めた。
 ぴしゃりとしまった扉に、「おおう」と奏多は目をぱちくりさせた。
「……そ、そんなに眠いんですか……」
 奏多は、一人納得して、商店街で買ってきたかぼちゃの入った袋を持ち上げる。
「せっかく文化祭用のおやつを実験しようと思ったのに」
 残念に思ったが、ひき返すしかない。
 がっかりと肩を落とした奏多の目には、だが、扉の取っ手がうつった。
 そういえば、鍵の音がしなかった。
 そういえば、鍵の音がしなかった気がする。
 奏多はそろりそろりと取っ手を回してみた。
 はたしてと言うべきかやっぱりと言うべきか、扉は開いた。
 なんて不用心な、とガッツポーズをした奏多が、不法侵入を厭うはずはもちろんなかった。
 ここぞとばかりに当初の目的へと立ち向かう。


 結局二時間後に目が覚めるまで、いくら物音をたてても起きなかった有馬は、部屋中をカボチャ料理に占拠されていて、非常に驚いたという。
 給食のおばちゃん志望の奏多のカボチャ料理は、それが実験であろうとも、多分おいしい。多分。