今年が今年である時間 おまけ



 それは、有馬がもうそろそろ寝ようかなあ、と考えていた頃。玄関の外が騒がしくなって、きゃいきゃいという楽しそうで妙に高く明るい話声が響きだした。
 きっと魔女子さんたちだろうな、と思いながら、有馬はつけっぱなしになっていたテレビを消した。
 ふわあと、口を開いて溢れ出たあくび。
 一度伸びをして、ふすまへと向かい、布団を取り出す。
 布団を敷きながら、有馬は「高校生って元気だなぁ」と自分でも年寄り臭いと思うことをついしみじみと考えてしまった。

 朝、目を覚ましてみれば、風物詩である年賀状に混じって、口の閉じられた一つのビニール袋が郵便受けに入っていた。
 まさか、爆弾じゃないよね、と考えてみるも、ほとんど用心もせずに、有馬はビニール袋を解き開いた。
 中に入っていたのは、いか焼きで、容易く想像のついてしまった送り主に有馬は苦笑する。
「というか、これ大丈夫なのかな?」
 冬ではあるから、大丈夫だろうか、と思ったが一応オーブントースターで焼くことにする。甘辛い醤油の香ばしい匂いが部屋中に広がる中、まだ、何かビニール袋に入っているらしいことに気付いて、有馬は首を傾げた。
 出てきたのは、健康祈願のお守りと、おみくじ。
 何で健康祈願かなと、有馬は黄緑の地に白梅が縫いとられたお守りを摘み上げる。
 自分でも夜中に年寄り臭いと思っていたところに、健康祈願である。これは正直どう対応していいものかと、苦い笑みを浮かべるしかなかった。

 ちなみに、いか焼きを食べている間に開いたおみくじの方は中吉。またもや反応に困る微妙なおみくじをとりあえず手近にあった財布に入れて、有馬は帰省するべく家を出たのである。



*****



 初詣の道すがら、奏多は、ふふふふふと気味の悪い含み笑いを続ける依月とのりに挟まれ続けることとなった。
「ちょっと、二人共! いつまで笑ってるの!?」
 キッと本人は睨みをきかせているつもりでも、全く恐くもない睨みを受け流しながら、二人は「だって~」と声を揃えた。
「だって、ホントに言ったよ、あの人! “魔女子さん”だって! ごめん、奏多、うける!」
「いやあ、藤堂さんってあんな人だったんだねぇ~。回覧板回す時くらいしか話したことなかったから知らなかった。すっごく面白かったわ」
 ねぇ~と、依月とのりは奏多を挟んで互いに首を傾げる。
「いやあ、いいわ、有馬さん。ちょっとイタイけど」
「ネーミングセンスが素敵すぎるわね。ちょっとイタイけど」
「や! 有馬さん、すんごくいい人だよ!? 魔女の格好してる時も普通に一緒に居てくれたくらいだし!」
「うん、分かってるよ魔女子」
 依月がポンと奏多の肩に手を置いた。
「そうよ、魔女子ちゃん」
 のりもポンと奏多の肩に手を置いた。
「「“魔女子さん”に普通に反応しちゃってる君が一番イタイから」」
「うぐっ!」
 奏多は口をつぐんだ。返す言葉がない。言われてみれば全く以ってその通りである。
 いや、でも、それなら、ケーキバイキングの店員のお姉さんとお兄さんも充分イタイじゃないか、と心の中で勝手に某店員のお姉さんとお兄さんを巻き込んでみる。なぜなら、彼らも最近では奏多が魔女子と呼ばれていることに対して何の違和感も持たなくなったばかりか、会計の時には「いつもありがとうね、魔女子ちゃん」と声を掛けてくるくらいになっていたのである。
「おやおや、黙り込んじゃいましたよ、のりさん」
「おやまあ、本当ですねぇ、依月さん」
 ふっふっふっふーと、再び気味の悪い笑いを年が明けたばかりの夜の街に振り撒き始めた友を見て、奏多は、「はあ」と溜息を落とす。吐いた息は夜の中、青白くふわりと舞い上がって消えていった。
「だけど、今更有馬さんが奏多とか言い出したら、そっちの方が、すっごい違和感がすると思う」
 それ以前に反応できるか微妙だ。確かに初めは違和感を抱いていたあだ名であったはずなのに、すっかり馴染んでしまっていることにおかしいなぁ、と奏多は首を傾げる。
「それなら、もういっそ奏多のことはこれから魔女子って呼びましょうかね」
「ああ、それいいかも。魔女子ちゃんって、なかなか可愛いんじゃない?」
 二人の提案に、奏多は「ええー!」と反論する。奏多と呼ばれていた二人に、魔女子と呼ばれることは、これまた違和感を覚えてしまって仕方がないのだ。
「普通に奏多にしててよー!」と叫ぶ奏多を置いて、依月とのりは人で溢れ返っている神社の階段をとんとんと登り始めた。


 数多くの人が行き交う参道の両端には屋台もまたひしめいていて、煌々と照らし連なる電球が活気に色を添えている。
 いか焼きを売っている出店を見つけ出した奏多は宣言通り、自分用のいか焼きを買い、そういえば有馬さんもおいしいって言ってたなあと、お土産用にもう一つ付け足した。
 定番であるお守りもやはり買っておくべきだろう。
 恋愛成就のお守りを持っている有馬はなんだか笑えてくるので止めにして、どれにしようか、と他のお守りに視線を巡らせる。
 交通安全と健康祈願で迷ったところで、依月に「交通安全っていったら、小学生のランドセルじゃん」と言われ、それなら、健康祈願で、とこちらを選ぶことにした。
「健康祈願……なんだか、藤堂さんにはすごく似合う、かも」
 ふふっと吹き出した、のりに「何で?」と首を傾げると「えー内緒」と返される。
「ああ! 奏多! おみくじしよ、おみくじ」
「違うでしょう、依月。魔女子ちゃんよ、魔女子ちゃん」
「だから、違うって!」
 先に駆けて行ってしまった友人たちを奏多は追った。
 列に並んでおみくじを引く。巫女さんの方はあまりにも人が多すぎるから、お金を入れた後に、設置された機械の引き出しに手を入れて引く方のおみくじである。
「吉より上は、お守りになるらしいよお」
「吉だったの?」
 読んでいた縦に長い紙から顔を上げて、奏多が問うと、依月は肩をすくめてみせた。
「ううん、残念ながら小吉」
「うわ、微妙!」
「こら、微妙言うな!」
 のりの方に目を向けると、彼女はひらひらと紙を振って「吉」と微笑む。
 奏多はふふんと微笑むと「勝った!」と言って大吉を突き出した。
「なら、私だけか!」と叫んだ依月を、奏多とのりは「いってらっしゃーい」と人が群がる木の方へと送りだす。すでに多量のおみくじが巻きつけられた木の枝は、白い葉に覆われているのではないかと思ってしまうほど。
 人混みが嫌いというわけではないが、あの場に埋もれるのは確かに勘弁したいかもと結論付けると、奏多は今年も運はよさそうだとほくほくした気持ちで、おみくじをバッグにそっと直したのだった。