友チョコか義理チョコか



「有馬さん、バレンタインのチョコです。いつもお世話になってます!」
「え、嫌がらせ?」
 奏多に差し出された包みを有馬は不信も顕わに眺めた。可愛いリボンまでついてラッピングされた透明の袋の中には、ころんとした丸いトリュフが二つ。
 というか、これは本当にトリュフであってるのだろうか、と有馬は失礼極まりないことまで考える。口に出さなかっただけ、彼は偉かった。
「はい、有馬さんどうぞ」
「いつも、迷惑かけてすみません、藤堂さん」
「あ、うん、ありがとう」
 有馬は、次々に差し出された包みを素直に受け取った。チョコを手渡した依月とのりは「いーえー」と声をそろえて、にっこりとほほ笑む。
 納得がいかないのは奏多である。
「何ですか、その差はぁっ!!」
「え、だって、魔女子さんのジンジャーマンクッキー酷かったじゃない。あれ見たら誰も受取ろうなんて思わないと思う」
 むしろ受け取ったら勇者だ。
 有馬の言い分に、奏多の親友であったはずの二人は、奏多の味方になるどころか、「確かにあれはない」と有馬に深く同調までした。
 いきり立つ奏多を依月とのりはどうどうと慣れたように抑えて落ち着かせる。しかし、二人の顔はおかしくて笑っているようにしか見えなかった。
「あら、有馬君」とアパートの廊下を通りかかったのは、のりの隣、つまり、有馬の二つ隣に住んでいる安田さんである。柔和な顔をした見るからに人の良さそうな老年の奥さんは「ちょうど良かったわ」と笑んだ。
 ちょっと待っててね、と言い残して、安田家へと姿を消す。一分もたたない内に戻って来た安田さんの手には白い小さな紙袋があった。
「有馬君にはいつもお世話になってるからね。こんなおばあさんからで悪いんだけど」
 ふふふと笑って差し出された紙袋を有馬は受け取って、丁寧にお礼を述べる。
 何事もなかったように去っていた安田さんの後ろ姿を、奏多は唖然として見送った。

「私だけ、ひどすぎます!」
 せっかく作ったのに、と奏多はぐちぐちとぼやく。
「でも、まだ死にたくないし」
「死にませんよ。悪くて食中毒です!」
「食中毒を起こしてまで、嫌いなチョコを食べようとは思わない」
 ぐくーと奏多は手を握り締めた。
「これって気持ちなんですから! 受け取ることに意味があるんですよ」
「なら、もらうけど、食べなくてもいい?」
「食べてくださいよっ!」
「だから、甘いの嫌いなんだって」
 有馬は「はぁー」と疲れたように長く溜息をつく。
「どちらかというと、もらうより一緒に食べてくれる方が助かるんだけど。悪いから、食べるけど、やっぱり全部は無理」
 しかもなんだか、今年はいつもより多い。気持ちはありがたいのだが、甘すぎるチョコは有馬にとって憂鬱でしかなかった。
 奏多は自分の持ってきたチョコと、有馬が手に持つチョコを見比べる。瞬時に、あっちの方が高そうでもあり、おいしそうと判断した奏多は「食べます!」と元気よく頷いた。
 特に、安田さんがもってきたチョコは有名店のものである。自然とウキウキと気分もはずんで、顔がほころび始めたのは無理もないことなのだ。
「ホント、魔女子さんは単純だよね」
 有馬はあきれたように呟いた。
 不審者に飴を出されたら自らついていきそうな喜びようである。
「もう、何とでも言って下さい! 食べられるなら、それでよしです。それくれるなら、今年は諦めます!」
「いや、来年もいらないし」
 有馬は断わりを入れてから、自らの家の扉を引き開く。
 奏多はためらいもなく、鼻歌まで口ずさんで藤堂宅へと入っていった。
「一応お茶くらいはだすけど」
 有馬は、言葉を失って一部始終を見ていた依月とのりに声を掛けた。
 二人が「はあ」と首肯したので、有馬は「じゃあ先に用意しとくね」と言って、扉を開いたままにして奏多に続く。

 廊下に残された依月とのりは互いに顔を見合わせた。
「何なんだろう奏多って」
「何なんだろう有馬さんって」
 何なんだあの二人は、とただよく分からない感想を二人は持った。
「ところで奏多のあれってさ、友チョコかな?」と依月はさらなる疑問を口にした。
 本命チョコでないことだけは間違いないと断言できるのだが、友達と呼ぶには微妙な関係性の二人である。
「んー義理チョコなんじゃないかな? お世話になってるし。友チョコって女友達にしか渡さないんじゃないの?」
「そうなの?」
 のりの答えに、依月はさらに首をひねる。
「分からないけど……分からないよ!」
 考えた末に、のりは投げた。
 とりあえず、あとで奏多に聞いてみることを決定事項として、二人もまた藤堂宅へと入っていったのだ。