入れ替えっこ four o'lock その2

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  5 崩壊 リシェル→フィシュア(ラピスラズリのかけら)  


 新たに流れ出した噂。
 ラスリーがこの部屋に顔を出し始めてから流れ出した噂。
 陛下に愛想をつかされたアリュフュラス家の姫、つまり私、フィシュアが、あろうことか目の前の男、宰相であるランスリーフェン侯爵に手を出しはじめたというもの。
 しかも、それに拍車をかけるかのように、ラスリーが私の部屋へ訪れるのだから本当にいい迷惑だ。
「はい、はい、そんな嫌そうな顔しない。ちゃんと否定しておいたから」
「本当に?」
 前のめりになった私に、優雅に花茶を飲んでいたラスリーは頷いた。
 たまには、よいことをする、と目の前の男への評価を改めかけた時、再びラスリーが口を開いた。
「ちゃんと、フィシュアではなく、私の方がフィシュアを落とそうと通いつめてるって明言してきたので、今はその噂で持ちきりだと思いますよ?」
 楽しそうに笑う彼にめまいを覚え、私は頭を抱えて、背もたれへと体を預けた。
「……全く変わってないじゃない!」
「全然違うじゃないか。それにこちらは真実だ」
 クスクス笑いながら私の手を取ったラスリーを、私は呆れを持って見返す。
「嫌な冗談はやめてよね」
「冗談なんかじゃないんだけど」
 急に握られている手に力を込められ、思わず、びくり、としてしまった。
 驚きに目を見開くと、そこにはいつものからかいを含んだものではなく、真摯にこちらを見つめる橙の瞳があった。
「そろそろ、俺のことを見て欲しいんだが」
 そう言って、彼は私の甲へと口付けた。
 儀礼的ではなく、酷く熱のこもったその柔らかさが、いましがた述べられた言葉が嘘ではないことを告げていた。
「本気、なの……?」
 驚きを隠せず、聞き返す声がかすれてしまった。
 そんな私の頬にラスリーは手を触れさせ深く頷く。
 じぃと見つめてくる橙の双眸を見返していると、ふっと笑いが零れてしまった。
「いいよ」
「はいっ!?」
 承諾の言葉を返したと言うのに、まるで『有り得ない』と言うように目を瞠られる。
「だから、“いいよ”って」
「いいのですか!?」
 こくりと頷きを返す。
 なぜなら彼はこの国の宰相。加えて、養子と言えど大貴族ヒルデルト家の長男である。ヒルデルト家はアリュフュラス家よりも幾分か劣るが、ランスリーフェンという彼個人の価値を見れば、アリュフュラス家のそれよりもよほど強大だ。
 財力と権力さえ持ち合わせていれば申し分ないと常々思ってきた。愛されていないよりかは、愛されて大切にされる方がよい。まさに、ぴったりの条件だろうと決断を下す。
「陛下が誰を見てるかくらいさすがの私でも気付いてた。アイカは大切な友達だもの。これでいいのよ」
「本当に?」
「ええ」
 真白なテーブルの上に片膝をついて乗り、手を繋いだままの彼の額へテーブル越しに口付けを落とす。
「大丈夫よ、きっと。だから、よろしく」
 ね、と微笑みかければ、ぴしりと固まられる。呆然とこちらを見つめてくる彼の姿がとても可笑しい。
 好ましい人物だと思った。人間としては好いている方であろう。
 だから、一緒に居れば、そうして時を重ねればもっと好きにもなれるのではないか、と思ったのだ。
 だから、きっと大丈夫。


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