入れ替えっこ ever after

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  1話 ガーレリデス→アトラス(four o'clock)  


 その女は、血に濡れた剣を持って現れた。

 淡い光を放つ金色の髪。
 薄い純白の夜着。
 そのどちらもが血で黒く染まり、不気味な鮮やかさを放ちながら、彼女の白い肌にまとわりついていた。

 妖しく光る鋭い紫の瞳が真っ直ぐにこちらを見据え―――彼女は微笑んだ。

 そう、ふわりと。
 まるで花のように。

「お久しゅうございます。フィラディアルの王、アトラウス様。ルメンディアが第七王女、トゥーアナにございます」
「確かに久しいですが、一体どうされたのですかトゥーアナ姫。酷い怪我をしているようだ。すぐに処置を」
 手配を下そうとしたら、彼女は「いいえ」と凛と通る声で否定した。
「これは、私の血ではありません」
「それは……よかった」
 だが、それならば、彼女に張り付いている血はなんだと言うのだろう。トゥーアナ姫は一度頷くように俯き、それから、真っ直ぐにこちらを見た。
「アトラウス様。この度の戦争、もう必要ございませんことを告げに参りました」
「そうですか。それは何よりです」
 今朝方に届いた開戦の旨を告げる使者。撤回されるのはどちらにとっても良いことであろう。戦など双方に利益ではなく損害ばかりをもたらすものでしかない。
 トゥーアナ姫が持っていた剣を両手で掲げる。
 きっちりと剣が納まっている鞘には数知れぬほどの豪奢な飾りが模してある。だが、それは血で塗り固められたことで輝きを鈍らせていた。
「これは、ルメンディアの王継承の証。王は死にました。それに連なる王族も私を除いては生きてはおりませぬ。証がなくては貴族議会といえど力は持てません」
「確か、貴女の国には一人跡目の王子、リーアン殿がいたはずだが」
「先ほども申し上げた通り、王族は私を除いて命ある者はおりませぬ。跡目の王子は昨夜亡くなりました。
 ―――メレディ、ここに」
「はい」
 王女の後ろに仕えていたメレディと呼ばれた老女が前に進み出て、抱えていた木の箱の蓋を開けた。
「―――これは……!」
 周囲にどよめきが走る。俺は息を呑んだ。
「信じていただけたでしょうか?」
 入っていたのは二つの首。
 紛れもなくケーアンリーブの王とその息子のものだった。
 まだ真新しいそれには最早生気など感じられず、どこか蝋のように血色を失った顔は白い。
 それでも、辺りに漂う先ほどよりも増した鉄臭い匂いに皆が顔をしかめる。
「まさか」と各所で声が上がった。彼女は父や兄を殺し、自国を滅ぼしたのではないかと。確かにこの状況ではそれ以外考えられはしない。だから、あえて問う。
「―――貴女はもしや自国を滅ぼしたのですか?」
 問いには答えずただ一人生き残った王女は艶やかに微笑む。
「全ては貴方の為。嬉しくはないのですか?」
「だが、国を滅ぼすなどよほどのことだ。それなりのことがあったはずです。事の経緯を話してはいただけませんか?」
 トゥーアナ姫は口をつぐんで、ゆるりと床へ視線を落とした。反対に、メレディ殿が前に進み出、口を開こうとする。
「アトラウス様、実は―――」
「メ、メレディ!」
 遮られ、諭され、両手で胸の服をぎゅっと掴んで衝動を抑えたらしき老侍女は、もの言いたげに、しぶしぶと引き下がる。
「口にしたくないのなら、無理にとは言いません。その剣は、王継承の証だと仰いましたね」
 トゥーアナ姫は頷き、肯定する。それならば―――
「ルメンディアは貴女が継げば問題はないでしょう。トゥーアナ姫、貴女は姫と言えど王家の血を引く者なのですから。されど、急に王となるのは大変なこと。フィラディアルも微力ながら援助することを約束いたしましょう。せめて、今日はゆるりと休まれるとよい。後のことはまた」
「ですが、アトラウス様。私は自ら自国を滅ぼしました。ルメンディアを統治する資格などございません」
「先程、自国を滅ぼしたのですか、と問いましたが、貴女が継ぐのなら貴女の国はまだ滅びてなどいません」
「しかし……」
「理由は存じ上げない。だが、わざわざ罪を問われにここへ訪れる必要はなかったはずです」
「それはアトラウス様、ただ貴方に会いたかったのです。ただそれだけです」
 彼女は静かに告げた。
「それだけのようには見えませんが」
 彼女は少なからず自国に対しての申し訳なさを背負っているはずだ。
「最終的な判断を下すのは、貴女です、トゥーアナ姫。ですが、あらかじめ申しあげておきましょう。俺はルメンディアの土地に興味はないし、フィラディアルに加えて統治できる力量も持ち合わせてはおりません」
 だから、ここでの滞在を熟慮の時間にあててみては、と。


 一週間の後、ルメンディアには新たな王が誕生した。
 民のことを第一に考えると慕われた女王。だが、優しすぎぬ冷静さを持ち合わせていた女王はその後、約三十余年に渡ってルメンディアを統治したと言う。
 彼女の人生が幸多きものであったかそうでないかは、彼女しか知りえない。


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