疑問符



 色づいた白い喉は、最後に空気を求めてのけぞった。
 嬌声と呼ぶには艶めかしさに欠ける悲鳴じみた声が、仄暗い部屋中に反響する。だが、浮きあがった胸が敷布に沈みゆくのと時同じくして、その声も糸が切れたようにぷつりと途切れた。
 彼は、肩で繰り返していた息を吐き出す。義妹の体に身を沈めたまま、既に意識を手放している彼女に覆いかぶさった。
 ゆるく煽情的に開いた紅い口元。閉じられた瞼には、髪色と同じ淡い金の睫毛が翳を落とす。整った顔立ちは、なるほど、美しいと評判の踊り子にわざわざ子を産ませただけある。現に、彼は充分その恩恵にあずかっていた。
 リーアンは、義妹の頬を軽く掌で二、三叩いてみた。けれども、今回はもう目を開けそうにない。彼は、彼女から自身を引きぬくと、上半身を起こして、傍らで眠るトゥーアナを見下ろした。指先で、乱れた彼女の髪をとき、優しい仕草で耳にかけてやる。
 トゥーアナ、と彼は睦言を呟くように、彼女に問うた。
「お前は、どうするか」
 返るはずもないと知りながら、四年前に比べ明らかに成熟した体を眺め、彼は薄らと笑みさえ浮かべた。
 最早、情交には慣れつくしたはずの女の体。当初以来、何の抵抗もなく、教え込まれた快楽を受け入れる。
 だが、彼女が未だに恐怖を押し殺せないでいることも彼はまた知っていた。触れれば震える。気丈に振る舞おうとも、彼を視界に映すだけで紫の双眸の奥に灯る恐怖は、隠せていない。舌を差し入れた喉の奥で、込み上げる胃酸を唾液と共に飲み下していることも知っていた。代わり映えのない日常の中で、トゥーアナが、何度も死に手を伸ばそうとしていることも。
 だから、どちらが先であろうか、と彼は常々思ってきたのだ。
 トゥーアナが、死を選ぶのが先か。
 あるいは、自分が彼女に飽きるのが先か。
 リーアンは、白く細い義妹の首に手をかける。
 今この瞬間に、彼が彼女に飽いたとしても何らおかしくはない。彼自身、元来、女に飽きやすい性格であるらしい己を自覚していた。むしろ、よくここまで持っているものだと自分でも思うくらいだ。トゥーアナに関しては、疾うの昔に抱き潰したと言ってもいい。
 だが、あの瞳――交わる度に、絶望を映しながらも、生にしがみつくその衝動は。
 なぁ、とリーアンは、トゥーアナの首筋を片手でなぞり上げながら、顔を彼女の耳元に近づけた。「どうするんだ、お前は」と、甘く囁きかける。
 遠くはない未来、彼の手に国が渡った時、彼女はどういった反応を見せるだろうか。ルメンディアを、このままのルメンディアの形で留め置く気は、彼には毛頭ない。衝突はないと言えど、シトロナーデという隣大国が脅威に変わらぬ保証はない。対の隣国、ケーアンリーブも。しかし、同格のケーアンリーブならば。
 付随するものは、取るにも足らぬただの余興でしかない。だが、余興は余興――楽しまない手もない。
 リーアンは、一人、くつりと喉を震わせる。

「希望が死んだら、お前はどうなる?」

 ――お前のその瞳は、どう歪む、トゥーアナ。