「どうしても連れて行くと言うのなら、私を倒してから行きなさい!」

 部屋に入ったロシュは、唐突な妨害にきょとりと立ち止まった。
 彼の行く手には、両腕を真横いっぱいに広げてホーリラが立ちふさがる。
 ロシュは無言ですたすたと歩み寄ると、ホーリラの額をぺいと押しやった。
 よろりと大きく後退したホーリラの身体から顔を覗かせて、彼は彼女の後方にいる少女に呼びかける。

「そろそろ行きますよ、フィシュア様」
「ええ、分かってる」

 フィシュアは、座っていた椅子から、飛び降りる。瞬間、少女の身体には大きすぎる荷物が、椅子のへりにあたり、カタリと均衡を揺らした。けれども、フィシュアはそれには大して気も止めず、ホーリラの横をすり抜けると、ロシュの元へと走り寄る。
「少し荷が多すぎやしませんか」
「そう?」
 フィシュアは、肩から斜めにかけている鞄の紐をぎゅっと握った。
「あまり持っていくものではありませんよ。標的にされかねません」
「私もそう言ったんだけど……」
 フィシュアは、困ったように、横で蹲っている侍女に目を向けた。
「これでも足りないくらいです!」と額を抑えながら、ホーリラは呻き、言い張る。
 ロシュは、フィシュアとホーリラを交互に見比べた後、すぐに「減らしましょう」と断言し、フィシュアから荷物を受け取った。
 鞄を開き、ぽいぽいと中身を出していくロシュに、ホーリラは悲鳴を上げる。
「なんてこと! 女の子は、いろいろと入用なのよ!?」
「香油なんて腹の足しにもなりません」
 信じられない! とすごい形相で飛びかかって来たホーリラに届かぬようにと、ロシュはフィシュアの鞄をひょいと高くに持ち上げる。両手を伸ばして、飛び跳ねながら、けれど、いくら飛んでも届きはしないと悟ったホーリラは悪態をつきながら地団太した。
「フィシュア様、フィシュア様! この男、手加減なく叩きました」
「人聞きが悪いですね。倒したら行っていいと仰ったじゃないですか」
 ぎゃあぎゃあと怒鳴り立てるホーリラに、ロシュは淡々と言い返す。
 フィシュアは、二人を見ながら、肩をすくめた。
 窓の外では、先程から茶の鳥が旋回し、出発の時を待っている。
「ロシュ、そろそろ行くわ」
「――フィシュア様!」
 ホーリラが、悲壮な声を上げる。
「嫌です、やっぱり私も連れて行ってください。だって、フィシュア様、あなたは」
「ホーリラ」
 聞き分けなさい、と厳しい声が落ちる。ホーリラは、ぐっと言葉を飲みこんだ。
「大丈夫よ、ホーリラ。初めてだからそう遠くではないもの。きっと一週間くらいで戻ってこられるわ」
 ね、とフィシュアは、年上の侍女を見上げ、首を傾げる。
 ホーリラは、黙って頷くしかなかった。
「行きましょう、ロシュ」
「はい」
 ロシュは、少女に倣って、歩み出す。
 ホーリラは、今にも扉の向こう側へ行こうとしている二つの背に、ぎゅっと唇を噛み、顔を俯かせた。
「――早く。早く、帰ってきてください」
 二人は、扉の手前で立ち止まる。
 下を向いて、肩を震わせているホーリラに、ロシュは苦笑した。
 ええ、とフィシュアは、破顔する。

「待っていて。きっとお土産を買ってくるから」