リラと花びら


 高い高ーい塔の上。ひとり、窓辺に寄り添った少女は、村の向こうの林の東一帯が紫色に染まっているのを見つけて、栗の色した睫毛をぱちくりと動かしたのです。

「ほら、見て、ハイデル。あそこよ、あそこ」
 ランチェルは、今日もゴーテル婆さんの使いでやって来た少年の袖をひっぱって、今朝見つけた紫の林を指差しました。
「すごい紫でしょう? 今日見つけたの」
 得意そうに告げたランチェルは、ねぇ何かしらあそこに何があるのかしら、とハイデルの袖を揺さぶりました。
 ハイデルはといいますと、この年下の少女のはしゃぎように彼のよく知るあの花が、なんだか初めて知った花のように思えて、遠くに見えるふさりと広がる紫色にそばかすの散る頬を緩めました。
「あぁ。あれはリラの花が咲いているんだよ。近寄ると匂いもすごいんだ。明日来る時に一枝持ってきてあげるよ」
「ほんとう? ほんとうね? 約束よ。約束したからね」
 ランチェルはぱっと顔を輝かせて、ハイデルの手を掴みました。ふふふふふとわらう少女は、とても嬉しそうで、ハイデルもつられて楽しくなったのです。

 さて。約束通り、リラの花は次の日ランチェルの元へ届きました。
「このリラがいっぱいあそこに咲いているのね」
 うん、と頷いたハイデルは、元気がありません。塔を登る途中、思っていたよりも花がぱらぱらと落ちてしまったのです。地上で見たときよりも、随分と花数の減ったリラの枝。
 ごめんね、と項垂れたハイデルに、ランチェルは首を傾げました。
「本当は幸せになれるっていう五枚の花びらがある花を見つけたからランチェルにって思ったんだけど、それもどこかにいっちゃったみたい」
 ハイデルの言う通り、枝にくっついている紫の花はどれも花びらを四枚しか持っておらず、五枚のものはありません。
「四枚ではだめなの?」
「そう言うわけじゃないけど」
 尋ねてくるランチェルにハイデルは苦笑します。
 ならいいわ、とランチェルは、一生懸命に枝にしがみついている紫の花を抱きしめて、花の香りを胸一杯に吸い込みました。
「だって四枚のリラの花ってとってもきれいなんだもの」