「よく飽きもせず毎日やって来ますね……」
ここ最近すっかり見慣れてしまったリシェルの呆れを含んだ顔。自分でもよく飽きもせず押し掛けるものだと思う。
「仕事の邪魔です。大体、ラスリーも仕事があるでしょう?」
「だから、書類を取りに来た」
「他の者に取りに来させればいいことでしょうに」
「一段落ついたからな。少しばかり気分転換だ」
そう言っていつもの定位置へと腰を下ろす。
諦めたのかリシェルはもう何も言わず、ただ溜息をついた。結局彼女が茶を用意してくれることを俺は知っている。
やはり、出てきた茶と菓子に手を伸ばした。
「リシェルも少しこっちで休憩したらどうですか?」
提案してみたが、リシェルは、「いいえ」 と首を振り仕事を続ける。
「貴方に渡すべき書類はまだ後少し終わっていないのです。せっかくですから全て終わらせたほうが良いでしょう?」
「そうか」
「ええ、だから後もう少し待っていて下さい」
そう言ってリシェルはふわりと微笑む。
本人は分かっていてやってるわけではないのだから、本当に困ったもので、だが、今日も見ることのできた彼女の笑みをいちいち嬉しく感じる自分がいるのだ。
彼女の行動に一喜一憂する自分を可笑しく思う。そして、そんな自分が決して嫌いでは無い所がまた可笑しい。
その情報が入ったのは、リシェルが仕事の手を止めた時だった。
「黒髪に黒眼の少女が街に現れた? それは確かな情報ですか?」
リシェルの問いにアリュフュラス家の侍従が頷く。次いで、やって来たヒルデルト家の従者もやはり同じ内容を告げた。
「すぐに馬の支度を!」
立ち上がったリシェルは素早く指示を出した。
「行くのか?」
「当り前です! アイカが帰って来たのですよ?」
あれこれと用意し始めたリシェルは、けれど、待ち切れずに部屋を飛び出した。
「ああ! やっぱり私が馬小屋に行きます」
「待て! 俺も行く!!」
廊下を駆けだしたリシェルの背を追いかける。
ようやく、追い付いた時に浮かべていたリシェルの表情を見て溜息を付いた。
後から突然現れたアイカこそが強敵かもしれない。
そして、出会った瞬間リシェルへと飛び付いたアイカに苦笑いを浮かべることしか俺にはできなかったのである。まあ、俺の横ではアトラスもやはり同じ表情をしていたのだけど。
少しいい気味だ。
(c)aruhi 2008