ラピスラズリのかけら そのころテト達は

 

 ざわざわという人の話し声が、静まり返っていた村に水初(みそめ)の儀が終わったことを告げる。
 村長の家に残っていたテトとメイリィは窓に近寄って、そっと村の様子を確かめた。村人の顔はどれも喜びに満ち溢れ、何かを興奮気味に語りあっている。
「成功したみたいだね」
 頷きながらも、まだ不安そうにしているメイリィへとテトは笑い掛けた。
「大丈夫だよ。きっとこのまま全部上手くいくよ。だから、心配しないで」
 メイリィは小さな笑みを浮かべて頷く。
 トントンという誰かが階段を上ってくる音が響いたのは、まさに、その時だった。
「―――うわっ! 誰か帰ってきたみたい!! メイリィ、早く!」
 メイリィは慌てて寝台へ駆け寄り、布団の中に潜り込んだ。テトの方も、メイリィとの会話に使っていた紙を慌てて掻き集める。
 ガチャリという音の後、顔を出したのは村長だった。
「おや、どうしたんだい? そんなにいっぱい紙の束を持って」
 不思議そうな表情を浮かべる村長に、テトは苦笑いを浮かべた。
「う、うん……。メイリィのことを見ている間に文字の勉強をしようと思って。そうしたら、メイリィが目を覚ました時にお話しできるでしょう?」
「そうかい……」
 必死なテトの様子に気付かなかったらしい村長はテトが告げた理由を聞いて悲しそうな笑みをつくった。
「メイリィ様は相変わらずかい?」
「―――うん」
「そうか……」
 村長は寝台で横になっているメイリィへと一度目を向け、すぐに床へと視線を落とした。
「これから、水初の儀が上手くいったお祝いの宴が始まるんだ。だから私はその為の準備に行かなくてはならないんだよ。悪いけど、もうしばらくメイリィ様をよろしく頼んだよ」
「うん、分かったよ。メイリィのことは任せておいて」 
 テトの承諾に、村長は頷きを返すと、部屋を後にした。
 
「メイリィ、もういいよ」
 テトに声を掛けられた、メイリィがむくりと起き上がる。
「ばれなかったね」
 どこか悪戯めいて笑うテトに向かってメイリィがこくりと頷く。
「これで、水初の儀も終わったんだね。もう、あの花嫁衣装も必要ないんだね。よかった……」
 “宴が始まる”
 村長のその言葉は、テトに改めて儀式が終わったことを実感させた。もう、メイリィの命が失われることなんてないのだ。
「よかった……」
 もう一度、漏れた呟きにメイリィはテトの手をぎゅっと握った。
『ありがとう』
 零れた小さな花のような笑みに、テトはそっと首を振る。
「ううん。頑張ったのはフィシュア達と、メイリィ自身なんだよ? よく頑張ったね」
 テトに手を握り返されたメイリィは、驚いたように少し目を見開き、次いで、嬉しそうに目を細めた。
 手をつないだまま、寝台に膝をついたメイリィは同じ高さにあるテトの頬へと口付けを落とす。
『ありがとう』
 もう一度、囁かれた声なき言葉にテトは当然、真っ赤になった。
 何度もフィシュアに頬に口付けられているにもかかわらず、テトは一向にそのことに慣れない。さらに、フィシュアの時とは違うこそばゆさに、テトは笑みを浮かべたままのメイリィから慌てて視線をそらした。
「―――そういえば……ね、あの衣装どうなるんだろうね。すっごく綺麗だったよね」
 メイリィが手でペンを持つ形をつくり、何かを書くように動かす。
「あ、書くもの?」
 メイリィが頷いたのを見て、テトはインクペンと紙を用意した。手渡されたメイリィは紙の上にすらすらと文字を書いていく。
『うん。捨てるのはもったいないなぁ。一回、着てみたかった。だって、お姫様みたいでしょう? フィシュアさんもすっごく綺麗だったよね』
「そうだねぇ。でも、フィシュア言ってたよ。メイリィは本番で着ればいいんだって。その時がきっと一番綺麗なんだって」
『本番?』
 首を傾げるメイリィを前にして、テトもまた首を傾げた。
「何だろうねぇ。だって、水初の儀の本番は今日でしょう? メイリィはそれに出なくていいのに、何の本番だろうね?」
「コホン」
 扉の向こうから聞こえてきた咳払いにテトとメイリィはビクリと体を震わせた。
 しかし、ガチャリという音と共に顔を出した仏頂面の人物に二人は揃って顔を和ませる。
「ディクレットさん!」
「―――メイリィ様。水初の儀は無事終わりました」
 メイリィが嬉しそうに頷いたのとは対照的に、ディクレットはどこか不機嫌そうにテトを見た。
「……そう簡単には渡しませんからね」
 釘を刺すディクレットの言葉の意図が理解できず、テトはただ首を傾げる。
「何か、僕にくれる予定だったの?」
「……いえ。……テトさん、メイリィ様と一緒に居て下さってありがとうございました」
 
もう一度、咳払いをしたディクレットは、どうやら全く気付いた様子のないテトに安堵しながらも、楽しそうに笑い合っている、未だ幼さを残す仲の良い少年と少女の姿に目を和ませたのだった。
 
 
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