from four o'clock 2:ラスリーの脱荒れ期

 

「おはよう」
 頬に落ちた口付けでまどろみの中から一気に覚醒する。
「どう? 気分は」
 艶美な弧を描きながら隣に居るアルヴィアナが笑んだ。
「―――最悪だ……」
「あははは、もう、貴方、ホント最低ね」
 顎をとられて深く口付けられる。
 苛まれるのも、離れて行くのさえも、ただひたすら億劫だった。
「もう、貴方無理よ。諦めなさい」
 白く細い首を噛むと、女が小さく鳴く。
「だって、貴方、誰も見てないもの」
 訝しさに顔を上げた途端、白い手に両頬を掴まれた。
濃い赤の双眸が俺の方を見上げる。
「あの子以外は誰も、ね」
 アルヴィアナが、顔を顰めた俺を見ながら可笑しそうにクスクスと笑った。
「こんなことしても無意味よ。本当に忘れたいのならあの子と同じ若草色の瞳と金の髪を持ち合わせる女を選ぶでしょう? あの子の代わりにした方が手っ取り早いんだから。でも、それはできないんでしょう?」
「―――知ってたのか?」
「貴方のことを見てる女であればきっと誰でも気付くわよ」
 クスクス笑い続けながら上体を起こしたアルヴィアナは小さく首を傾げた。恐らく他の者が見たら蠱惑的な仕草で。
「もう私で終わりにしといたら? 貴方の場合どうせ諦めるのなんて無理よ」
「彼女が王妃になっても?」
「無理でしょうね」
 すぐに返って来た断定に自嘲が零れる。
「別にあの二人との関係が嫌いなわけではない」
「むしろ好き? それなら陰で見守ればいいじゃない」
「それができないからこうしてるんだ」
 いつか自分の手でぐちゃぐちゃに壊してしまいそうで恐い。
 彼女が泣くことだけは耐えられないのに。
「―――本当に面倒臭い男ね」
 ふっと吹き出したアルヴィアナの吐息が頬へと掛かり、次いで口付けられる。
「とりあえずもう一度足掻いてみたら? 寂しい時はまた私が遊んであげるわよ」
「手に入る可能性は?」
「限りなく零に近い」
 何の励ましにもならない辛辣な答えに小さな笑いが漏れる。
「それでも欲しいんでしょう?」
「……そうだな、欲しい」
 溜息と共にそう呟くと、目の前の女が「よくできました」と満足そうに微笑んだ。
「なら、みっともなくても必死に足掻くことね。そうすれば、たとえ手に入らなくても貴方のお姫様を綺麗な存在でいさせることはできるんじゃない? 貴方にはその力が充分にあるでしょう?」
 アルヴィアナの言葉に今度こそ俺は吹き出してしまった。
 かつて父が俺に告げたことと同じようなことを口にしたから。
「ああ……。そのことをすっかり忘れていた」
 自分の感情にばかり囚われていたから。重く苦しい感情を捨て去ろうとばかりしていたから。
 彼女を守る術があることを完全に忘れていた。
「そうだな、もう少し足掻いてみるのも悪くないかもしれない」
 少なくとも今は彼女を諦められないのだ。
それなら、諦められるまで、また追い掛けてみるのも一つの手だろう。
また、嫌い厭われようとも、諦めるのは、それからでも遅くはない。
彼女が眉を寄せている姿が目に浮かぶ。
だが、それさえも今は嬉しいから。
「やっぱり、諦めてしまった方がいろいろと平和なんじゃない……? なんだか余計なことを言ってしまった気がするわ」
 くつくつと笑い続ける俺を呆れたような目でアルヴィアナが見る。
「いや、諦めるのはまだやめておくことにした」
 とりあえず彼女が王妃になるまでは、可能性は零ではないのだから。
 たとえ叶わなくとも守る方法を思い出したから。
 
 せっかくここまで来たのだ。
 
 だから、後もう少しだけ。
 もう少しだけ、必死に足掻いてみようか。
 
 
 
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