「成功か!?」
薄暗い部屋の中、伝説の書にあるように構成を組んでいた男へと、もう一方の男が尋ねた。長剣を腰に帯び、黒いマントを纏った彼はそわそわと部屋の中を歩き回りながら、国の重鎮である友人答えを待つ。
だが、返事はいくら経っても返ってはこなかった。
「おい、ベルジュ! どうなんだ!?」
気になって仕方のない彼は、友人の肩を掴み、顔を覗き込んで驚く。ベルジュの顔は蒼白そのものだったのだ。人の顔色は、ここまで青くなるのかというほどに、彼の顔は青白い。
「ベルジュ、大丈夫か……?」
ベルジュは、「いや……」と首を一度降り、そこで言葉をなくす。
それで、男は悟ってしまった。ああ、失敗してしまったのだと。
男は、友人の方をばしりと勢いよく叩いた。
「気にするな。だめでもともとだったんだ。伝説にもある。『選ばれし者が向かうかどうかは二分。だが、どちらでも同じく手に入るる』ってな。心配しなくても、こんくらいの危機乗り切れなくてどうする。な、楽勝だぜ」
「ヒョウウ……」
ヒョウウはもう一度気にするなとでも言うように、バシバシとヴェルジュを叩き、カラカラと笑った。ここで落ち込んでいたって始まらない。手がなくなったのなら、すがるのをやめて、あとは自分たちで向き合うしかないのだ。
いや、とベルジュは再度かぶりをふった。
「成功したんだ、一応……」
ヒョウウは驚愕して、ベルジュの肩を掴んだ。
「本当か! やったじゃないか! これで国は救われる! さすがベルジュだ!」
けれど、ヒョウウの力に任せゆすぶられているヒョウウの顔は冴えない。
「……違うんだ、ヒョウウ。成功はしたが、半分失敗だ。別の場所に落ちた」
「は!?」
ヒョウウの手がぴたりと止まる。理解できないらしく、彼の表情は喜びのまま固まっていた。
ベルジュは長く息を吐き出し、自分を落ち着かせるかの如く、前髪を掻き上げ、そこで手を止めた。
「別の場所だ。異世界人は、こことは別の異世界へと落ちた」
「は!?」
驚愕の声は石造りの部屋の中を朗々と響く。それは、血が血を洗う世の一角、長きの戦で疲弊しかけている一つの国の城でのできごとだった。
***
「あー……」と、その呻き声は、石造りの部屋の中に反響した。
一時停戦状態へと持ち込めた、束の間の平和の一時のことである。
基本的に、真面目な友人が、このように呻いて、机に突っ伏しているのは非常に珍しい。ヒョウウは「彼にどうした?」と問いかけてみた。
机に突っ伏したままのベルジュは首だけを動かして、友人の姿を確認すると、「ああ、ヒョウウか」とだけ言って、溜息を吐いた。
「いや、さあー。どうにかして、こっちに来てくれないかと方法を探していたんだが、なんとあっちの王とできちゃったようなんだよね」
ベルジュは、はふっと疲れたように息をつく。驚いたのはヒョウウだ。どうして、彼にそんなことが分かるのか? こちらへと来るはずだった異世界人は、ここではないところにいるはずである。だからこそ、自分たちは困ってるのだから。
ヒョウウの疑問を正確に読み取ったのだろう。ベルジュは彼に、あっさりと説明した。
「つまり、彼女に影響を及ぼしたのは僕でしょう? 自分の力が干渉してるから、なんとなく分かる。さすがに行動の一つ一つまでは分からないけどね。大まかな事実だけ。たぶん、彼女の感情が一番大きく揺れ動いてることだけだろうけどね」
今は、王と恋仲に陥って、友人との関係性が崩れているみたいだ、と彼は続ける。
「でも、もう限界なんだよね。さすがに。異世界人を留めとくのは多分三か月が限度。時が過ぎれば、勝手に元いた世界へ引き戻される」
ベルジュは、また、「どうしよっかなぁー」とぼやく。
「な! それって、じゃあ、さ、戻った後、また異世界人を異世界に……ってややこしいな! とにかく、その女の子をまた、戻してやらないと、やばいんじゃないか? だって相手は王族だぞ!? しかも国王だろ? 王妃にするとかそんなことになってたら、どうするんだ!」
「そうだよねー。彼女もあんまりにもかわいそうだしねー」
だから困ってるんだよ、とベルジュは続ける。
「けど、また、僕が力を加えることができるのも、二、三か月後にはなるからね。戻してあげたいとは思うけど、それでも、ずっとあっちにいることは無理だよ。何か法はあるかもしれないけど、それは僕の預かり知ることの範囲外だ。本にだって載ってない」
「そんな無責任な!」
「だって、もともとこっちに呼び寄せるはずだったし」
「ま、そうだよなー……」
はぁーと二人は同時に溜息をつく。
けど、とヒョウウは苦笑して続けた。
「その子にとっては、こっちに来なくてよかったかもな。そんなことになるってことは、平和なんだろ、そこ」
「まあねー」とベルジュも微笑む。
「いいな」
「そうだね」
二人は、それぞれに窓の外を見上げた。
空に漂うのは深い暗雲。彼らは生まれて一度も、日の光を見たことがない。燃え盛る戦火の煙によってさえぎられし光は、一時停戦となったくらいでは消えない。ほんの少しのそよ風では払えないほどには、厚すぎる。
平和、というのは言葉でだけのみ知る言葉。けれど、二人は見たことにない平和な世に思いを馳せた。
そして、ヒョウウは再び、彼女を自分たちの住む世とは違う異世界へと落とす。
そこで彼女が何をするかは、彼らの予想の範囲外の話。けれど、時折垣間見える平和な世を、自らの国にももたらす為への強い意志を―――
ほんの一時の、戦の合間に見る世界を癒しとして、彼らは彼女の行く道を見守っていたのだ。
***
この伝説は生きて関連おります。だけど、アイカたちは全くもって知らないという。あはは。
こっちの世界に落ちた場合。
「きゅ、きゅ、きゅ救世主……!? 私が!? 違うよ、何かの間違いだよ!?」
と反論しつつも、戦いに身を投じる羽目になっていただろうという。能天気なアイカにはとてもじゃないけど耐えられないでしょう。本編中の彼女の懸念は一応半分当たっていたのです。
アイカ、フィラディアルに落ちてよかったねという話。王様も、アイカがこっちにきてよかったねという話。というか、二人が優しかったことに、感謝しなさいよ、という話。
もしも、ベルジュとヒョウウが異なる世界を渡り歩けたとして、アイカのところにやって来ても、リシェルと王様が全力で阻止してくれるでしょう。ラスリーは利害が上回ればアイカを渡しちゃうかもしれません。…が、リシェルと王様が嫌がるので、それを上回る利害もなかなかないでしょう。
アイカたち側は微妙に知られていますが、アイカ側は全くこの世界について感知してないので、本当にもう完全な裏でした!four o'clock内でも出てくることはありません。
(c)aruhi 2009