懐かしさの名残 おまけ

 

「シェラート!」
 ざわざわと騒々しい蔵の中でふいに聞こえてきた声に、彼は振り返った。蔵の入口に立っていたのは、彼の予想通りリーアだった。同じ村で育ち、家も近い彼女とは幼馴染と言うよりは、親戚や家族に近いような存在である。小さな体を少しでも大きく見せようと、リーアはめいいっぱい腕を伸ばして、両手を振っていた。彼女が手を振る度に、肩下まで流れた黒髪がひょこりひょこりと元気よく揺れる。その様が可笑しくて、シェラートは気が付いたら声を上げて笑っていた。
「リーア、それにクロルスも。来たのか」
「来てなかったら、ここにはいないな」
 入口の方へとやって来たシェラートに対して、クロルスは片眉を上げてみせた。子どもの頃から変わらない彼の癖である。やはりこちらも幼馴染であるクロルスは言いながら、シェラートに笑いかけた。
 リーアは二人を交互に見比べて、顔をさらにほころばせた。
「クロルスが街に用事があるって言っていたから、馬車にのせてもらって一緒に来たのよ。シェラートがさぼったりしていないかしらって心配で心配で」
「そうそう。それで、親父さんに怒られてたら俺たちが止めてやらなきゃならないからな」
「残念ながら、働きすぎて褒められてるくらいだ」
「褒めてはいないがな、まぁ思ったより使えるというくらいか?」
 後ろからかかった声に、シェラートはぎょっとして振り返った。その瞬間、リーアとクロルスがけたけたと爆笑し始めた。いつの間にやって来たのか、背後に父が立っていたのだ。
 彼は息子の頭を押し下げると、シェラートの抗議をものともせず、リーアとクロルスに声をかけた。
「よう、なんか久しぶりだな。見ないうちにまた大きくなったかクロルス? リーアもなんだか雰囲気が変わったな」
「おじさん、いつも帰ってくるのが遅すぎるんだよ」
「少し見ないうちに綺麗になっててびっくりしたんでしょう、おじさん?」
「ああ、ああ、そうだな。相変わらず背はちっこいが。そこにあるの持ってっていいから、リーアはもっとちゃんと食え」
「この歳になるともう背は伸びないと思うんだけど……せっかくだからありがたく頂いていきますね」
「ああ、好きなだけ持ってっていいぞ。荷物になるから、帰りにとりに来るといい。――シェラート」
 父の手からようやく解放されたシェラートは、痛む首を擦りながら「何?」と問いかけた。
「今日は特別だ。もう上がっていいぞ。お前の分くらい俺がやっておく。せっかく二人が来てくれたんだから一緒に街でも回ってこい」
 そう言って、彼は息子の手から仕事道具一式を取り上げた。シェラートが口を開かぬうちに「さぁさぁ行った行った」と三人の背を押して、外へと追い出す。
「あ、シェラート。母さんが、糸がなくなったと言っていたから、買っていってやってくれ」
「分かった、ありがとう」
 シェラートは、蔵の入口で両手を腰に当てて立ち塞がっている父に了承と礼の言葉を返した。それから、少し先に行った場所で待っている幼馴染み二人の元へと駆け寄る。
 
 これもまた、かつて確かにあった彼の日常の一つ。特段珍しいことしてではなく存在していたはずの記憶の破片である。
 
 
 
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