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 カンジョウは、目尻の皺をたたんで豪快に笑った。
「外壁の傍で倒れてる奴らがいるって言うから誰かと思ったら、今度、都から飛ばされてくるって言われてた奴とその奥方だったんだもんな。いやー、笑ったね、笑った笑った」
 言うなり、彼はついと目を細め、向かいに座るソムドを見やった。その視線はほとんど新たに部下として配属されたソムドを吟味しているのと変わらない。
「まさか、馬もなんもかんも置いて着の身着のまま歩いてここまで来るとはねぇ」
 はぁ、と相槌を打ったソムドに、「美人の奥方が傍にいなきゃ、浮浪者と間違えて叩き出してたところだ」とカンジョウは笑い飛ばす。なぁ、とカンジョウから目を配されたジヘは、俯いたままみるみる頬を染め上げた。
「まぁ、都から見りゃ辺鄙なとこだが、暇なところは暇なところなりに、結構忙しいんだ。これからきりきり働いてもらうからそのつもりでいろよ。あと、この官舎で何か不便なことがあったら、俺に言え」
 きれのよい口調で言ったカンジョウは、手にした杯を傾けくいと飲み干す。ソムドが止める間すらなかった。げほげほとむせ始めたカンジョウを見て、さっと青ざめたジヘは、自分用に注いだお茶を舌先でそろりと舐めて顔をしかめる。
「申し訳ありません、カンジョウ様」
 低頭したソムドに、面を上げたカンジョウは苦い顔をする。
「いや、いいんだが。……よくこれを素面で飲んでたな、お前は」
 色を失くしているジヘを見やって口を曲げたカンジョウはおどけるように肩を竦めてみせた。



「まずいのならまずいと一言仰ってくださればいいのに」
「…………」
 盥に張った薬湯をさらりさらりと掬いあげソムドの足の傷を洗いながら、ジヘは夫をなじった。
「とんだ恥をかいてしまったではないですか」
「すまない」
「私ではなく、あなたが恥をかいたんですよ。皆まで言わずともお分かりでしょう?」
 もう、いつもそうなんですから、とジヘは不平を零す。
 ソムドはひそりと息をついた。足先をなでる温い薬湯が肌に心地がよい。
 しゃらり、しゃらん。
 ジヘが手を動かすたび、彼女の髪に挿された金簪が揺れる様に、彼は目を細めた。
「ジヘ」
 あの時、何度呼んだかしれない名を彼は口にする。伏せた眼差し。今にも泣きだしそうな顔をしてゆるりと持ちあげられた眼は他に例えようもなく黒く澄んでいた。そこに花であった面影はない。ソムドは荒れてしまった指先で彼女の瞼をなぞる。ジヘはその掌に両手を添え、頬を埋めた。
 薬湯の温度が彼女の手を介して、手の甲に伝わる。
「慣れ過ぎて」
 ソムドはほろ苦く白状した。
 それすら、当然だと親しみ過ぎていたから。
 花びらに似た白い手の甲、指先に、彼は辿るように口付ける。
「ありがとう。戻ってくれて」
 ほそりと抱きしめた華奢な身体は、あの日に似て、まだ淡い花の香りがした。