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 答え合わせ会場

【1】ロウリエとカザリア(紫陽花の世迷い事)

 人々が手にする蝋燭。広場を円環状に取り囲む無数の光は、ふっと同時に掻き消えた。
 息を詰める静寂の後に、場を離れ出した人々が歓談にざわめき始める。
 カザリアも屋敷の皆と夜道を帰りながら、教えられた通りに空を見上げた。
 柔らかな光に慣れていた目は、次第に夜の星を暗さの中に浮き上がらせる。
 畑ばかりが辺り一帯を占めているうえ、今夜は領中の家の灯りが消されているせいか、澄んだ冬の空気には星がよく映えた。
「砂みたいだわ」
「ですよね。王都とは違った祭りの仕方でおもしかったでしょう?」
 一人ここでの星夜祭を知らずに部屋でくつろいでいたカザリアを、慌てて引っ張ってきたロウリエは道行く人々と同じように夜空を見上げて問う。
 ちら、と横目でロウリエを見やったカザリアは「そうね」と再び、幾重にも重なる星々に意識を据えたのだ。



【2】シェラートとフィシュア(ラピスラズリのかけら)

 なぁ、と話しかけてきたシェラートに、なんだかんだで本の整理を手伝うことになったフィシュアは半眼した。
「何よ。まだ何かあるの?」
「……テトが何が欲しいか知らないか? いいのが思い付かなかった」
「は?」
 突拍子もない問い掛けにフィシュアは思わず聞き返す。「いや」とかぶりを振った彼はまるで昔日を鑑みているようだった。
「年末か、と思ったら久々に懐かしくなってな。前、一年の最終日に物を渡してたんだ」
「あぁ。聖イリヤネスの祝祭」
 得心して、フィシュアは積まれた本の中から新たに一冊引き寄せる。シェラートはその仕草を驚きを以って見つめた。
「知ってるのか?」
「うん? サーシャ様から聞いたことがあるし、貰ったこともあるわ。
 親しい人にその年最後の贈り物をするっていう東の大陸の風習でしょう?」
 シェラートと同郷出身の魔女の名をあげたフィシュアは、ぱらぱらと頁を捲って確認した内容を手元の紙に書きつける。閉じた本を分別し、次の本へ手を伸ばしながら彼女は笑った。
「話を聞く限り、昔も今もその祭りは大して変わってないみたいね。
 だけど、テトの分はシェラートが自分で考えた方がいいわ。足りなかったら、私もお金くらい出してあげるし」
「……いや、金はなんとかなるだろ。リムーバに置いてきた分が幾らかある」
「そう? なら、頑張って」
 フィシュアは再び視線を本に落とす。
 テトの欲しがりそうなものを一番知っていそうな人物に見放されたシェラートは、若干呻きそうになりがら手渡される本を黙々と片すことになった。



【3】有馬と奏多(お菓子をください)

「はい、魔女子さん」
 渡されたぽち袋に、奏多は目を丸くした。わなわなと震えだしそうな手で受け取りつつ、念の為それが何であるのか確かめる。
「お年玉ですか?」
「うん、お年玉」
「も、貰えませんよ!」
 別に親戚でもないし近所の子どもじゃないんですから! と奏多は有馬にぽち袋を突き返す。
「うん、じゃあ、あげるの諦めるから、初詣行きも諦めて」
「それとこれとは話が違います!」
「同じ同じ。欲しくないのと行きたくないの、あんまり変わらない。
 じゃ、楽しんできてね。風邪はひかないように気をつけて。よいお正月を」
 ぽかんと口を開けたままの奏多の腕を、依月とのりが両側から取ってずるずると引きずる。
「「今年も、明けましておめでとうございましたー」」
 笑顔で新年のあいさつを有馬に向けた二人は、奏多をアパートの階段のところまでつれてくると揃って舌打ちをした。
「あーあ。今年も駄目だったか!」
「藤堂さんも何気に対策練り出しちゃったしねぇ」
「毎年やってるからね。こりゃ、来年も無理かな」
「無理そうね。この調子だと」
「ら、来年はきっと!」
「「そうだといいねー、魔女子ちゃん!」
 夜のアパートの片隅で奏多を挟んだ親友二人はけたけたと笑いだす。
 三年連続で初詣への誘いをすげなく断られ続けた奏多は、今年もちょっと悔しい思いを味わった。



【4】実己と紅(紅の薄様)

 紅は丸めた端から、芋饅頭をせいろに並べてゆく。
 うっすらと黄色に色づいた生地は、実己の目からすればそのまま口にしても美味しそうであった。
 彼は自ら丸めた芋饅頭を、紅の掌に載せる。
 と、紅は眉根を寄せ、手渡された芋饅頭を無造作にちぎった。
「実己、これ大きい」
 分断した生地を新たに丸め直して、紅はせいろの内に順よく並べる。
 料理はいつも紅に任せっぱなしなので珍しく手伝おうと思ったのだが、どうやら失敗だったらしい。
 今度は、気をつけて小さめにつくると「実己、これ小さい」と返される。
「う、悪い」
 今度こそ気をつけるから、と言う実己の隣で、生地から適量分を手に取った紅は両掌で饅頭を形づくりながら平淡と言った。
「あのね、実己はあっちで待ってていいよ」
「あぁー……わかった」
「うん」
 ころころ、ころころ、と紅は驚くほど正確に同じ大きさの饅頭を作り続ける。
 足手まといにしかならなかった実己は、地味に傷ついた。



【5】ランスリーフェンとエリィシエル(four o'clock)

 声をかけられたリシェルはびくりと肩を跳ねあげた。
 自分でもあからさまだと思う失態。胸元の喪失を彼女は握りしめた拳を添えることで覆い隠す。
 ひとつ深呼吸をした彼女は、なんとか平静を取りつくろうと、静かに背後を振りむいた。
「何ですか、ラスリー」
 見上げれば、彼は怪訝そうに見つめ返してくる。その視線にひやりとしたものを感じながらも、リシェルは動くことはできなかった。
 口が開かれ閉じる数秒。たったその僅かの間を、永遠のように感じる。
 結局ラスリーは問うことをやめたらしかった。
 リシェルはぎゅぅと空洞の掌を握りしめる。
「アトラスが呼んでる。一時間以内に来れるか?」
「ええ」
「なら、また後で」
「わかりました」
 頷いて、リシェルはそそくさと踵を返す。
 どっと汗を吹きだしそうな程の安堵感。悟られなかったことに彼女は息をつきそうになった。
「リシェル」
 彼女は撫で下ろしかけた胸を詰まらせる。
「何かあったか?」
 振り返って慌てて首を振る。
「何も、ありません、よ?」
 声は、震えはしなかった。
「そうか」
 笑む。彼はいつもの通りに。
 それはあまりにも許容に近く、どうしようもなく申し訳なくて。
 リシェルは自分の愚かさを恨めしく思いながら首肯した。
 星夜祭まであと二週間。
 アトラスの部屋に向かうまでの時間を失せ物探しにあてる為、リシェルははやる足を押しとどめるのに必死だった。



【6】カセンとユンフォア(Panorama of Paranoia)

 今年も、卓に置かれていた絹糸の束を目にしたユンフォアは、行き場の見つけられない感情に口元を綻ばせた。
 年の暮れの習わしをはじめて彼の前でしてみせた翌年から変わらず用意されている糸。
 見るからに値の張りそうな代物に、はじめは突き返そうと奮起していたユンフォアも、今ではもう眼前の光景を風物詩のように感じていた。
 それでも今年も『こんなに高価なモノを用意する必要はない』と注意しておくことを固く決め、ユンフォアは椅子を引く。
 腰かけたユンフォアは、村から持ってきた自分の彩糸を取りだした。
 カセンが用意してくれた彩糸からも数本引き抜いて、あまりにも落差のある糸をひとつに編みあわせていく。
「おや。先にこっちに来たんだね」
 気配もなく部屋に入ってきたカセンに、ユンフォアは細かく指を動かしながら微笑する。
 彼女と同じく引いた椅子に座したカセンは、彩られ細い中に紋様を描いてゆく糸を、静かに見守り続けた。



【7】朔と椿(椿)

 寝転がる朔を、椿は見下ろした。
 無防備に閉じられた瞼。掛け布もなしに昼寝にふけっている朔はぴくりとも動かない。
 どうやって仕返しをしてやろうか、と思いを巡らせたところで何も浮かばぬ空白に椿はこそりとうなだれた。
 右に捻った首を、左に捻り返す。
 あ、と顔を上げた椿は、次いで締め切られている木戸に目を向けた。
「雪」
 確かおとついから雪が積もっていたはず。
 そ、と床に手をついて立ちあがろうとした椿は、だが、その手を掴まれた。
 椿が驚いて目を丸くすると、はっきりと目を覚ましている朔は、口を歪めて苦笑していた。
「謝るからさ。雪はやめて。冷たいから」
「…………」
 どうやら朔がわざと空寝にふけっていたらしいことに気付いた椿は、ふてくされると掴まれた手をぺいと払った。



【8】ガーレリデスとトゥーアナ(ever after)

「――ということがあったのですよ」
 近頃、立つのも覚束なくなったメレディの見舞いに訪れたラルシュベルグは、彼女の昔語りに微妙な顔になった。
 事あるごとに若くして亡くなった母の話を聞かせてくれる乳母。記憶にない人の話ではあるが、彼はそれを煩わしいと思ったことはなかった。
 ただ、どちらかと言えば放任主義である自分の父が、乳母の話を聞くだに母を構い倒していたらしい事実に、既に十三である少年はどう反応すべきか若干迷うのだ。
 それは雑把な面もあるが大抵は厳粛に政治を繰っている父からは、想像しづらい姿でもある。
「それで? 母上はその後、父上に怒ったことはあったの?」
「ええ、ありましたよ。一度だけ。
 鳥の形をした手押し車があったのですけれど、動かすとぴぃぴぃと鳥の鳴き声がする代物でして。
 際限なく手押し車を前後に動かしているお父上と、鳥の上でぐったりしているラルシュベルグ様を見つけて、母上とバロフ様がそろってお怒りになられたのですよ」
「うわ。それって確実に酔った上に泣き疲れてたんだよね、俺」
「どうやら鳴き声の仕組みが気になったらしく。
 その上、泣くのをおやめになったから、ラルシュベルグ様がいたく気に入ったのだと思ったようです」
「うわー。なにやってるの、父上」
 随分と成長した王子の感想に、年老いた乳母はおかしそうに苦笑した。



【9】ハイデルとランチェル(ラプンツェルの鏡)

 新年早々べっこりと凹んでいる地面にゴーテル婆さんは溜息をついた。
 一体今度は何を落としたのか。水の溜まった穴の端に溶けかけた氷粒が残っているところから考えて、巨大雪玉か巨大氷片のあたりだろう。
 茶けた地面が目立つ中で、きらきらと朝日を反射しながら溶けていく氷は美しい。なぜこんなことになっているのかなど、その原因を考えさえしなければ。
 さて、どうやってこの巨大な穴を埋めようか、と思案していたゴーテル婆さんは、新年早々手伝いにやって来た青年に気付いて軽く手をあげた。
「ハイデルかい」
「はい。今年もよろしくお願いします。って、うわ。今日もすごいですね」
「まったく。塔から出した後がもうから思いやられるよ」
 あぁー、と唸りたい気持ちを、ゴーテル婆さんは願望に変えて人の良い青年に提案する。
「いっそ、ハイデルがあの娘を嫁に貰ってくれないかねぇ」
「む、無理っ! 無理無理無理無理!」
 絶対無理! と、ハイデルは顔の前でぶんぶんと手を振って辞意を示す。
 途端、首根っこを摘みあげられ、足が地を離れたかと思うと、青年の身体は急激に空へ向かって上昇していった。
 上空の冷風が頭を嬲る。遥か真下では、ゴーテル婆さんが腰を逸らせてこちらを見上げたていた。
 叫び声を上げる暇すらなかったハイデルは、目の前に現れた娘に顔を引きつらせる。
 くいっ、と人差し指を上向けたまま、窓枠に頬杖をついている彼女は、にっこりと首を傾げた。
「どういう意味か説明してもらいましょうか」
 ハイデルを引っ張り上げた張本人であるランチェルは馴染みの青年を宙にぶら下げたまま、彼が育ての親へ即座に返した言葉の真意を問うた。
 彼にとってはいつも突飛なことをやらかす娘。どうしてあれがこうなったんだ! と、ハイデルは思ったとか思わなかったとか。



あるひの森の中

記憶の片隅にある、思い出せないあの歌を
奏でる、歌う、吹いてゆく


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