冬日和


 目を覚ました椿は、おぼろげな視界に映った花の紅さに目を丸くした。
 身を起こせば、身体にも数多載っていたのか、ほろりほろりと紅花が布団の上を転げ落ちる。
 よく知る庭先を、そのまま部屋に広げたような景観。
 散らばる紅花に既視感を覚えた彼女は「あ、起きた?」と襖を引いて入ってきた夫の姿に、これが現実であったのだと悟った。
「何これ」
「うん? 帰り道、見事だったからさ」
 起きるには時間あるし昨日庭に転がしてたのを撒いてみました、と悪びれもなく言う朔に彼女は嘆息する。
「綺麗でしょ」
「棺桶の中にいるみたい」
「や。まだ生きててよ」
 膝をついた彼は、寝癖ひとつついていない彼女の黒髪を指先で辿って、耳にかける。
 はっきりと顕わになった訝しげな顔に、「ね?」と首を傾げた彼は、手にした一輪の紅花を彼女の胸に押し抱かせた。



 寝転がる朔を、椿は見下ろした。
 無防備に閉じられた瞼。掛け布もなしに昼寝にふけっている朔はぴくりとも動かない。
 どうやって仕返しをしてやろうか、と思いを巡らせたところで何も浮かばぬ空白に椿はこそりとうなだれた。
 右に捻った首を、左に捻り返す。
 あ、と顔を上げた椿は、次いで締め切られている木戸に目を向けた。
「雪」
 確かおとついから雪が積もっていたはず。
 そ、と床に手をついて立ちあがろうとした椿は、だが、その手を掴まれた。
 椿が驚いて目を丸くすると、はっきりと目を覚ましている朔は、口を歪めて苦笑していた。
「謝るからさ。雪はやめて。冷たいから」
「…………」
 どうやら朔がわざと空寝にふけっていたらしいことに気付いた椿は、ふてくされると掴まれた手をぺいと払った。