四角い棒が前を行く



 ぶんぶんと長方形の棒を振り回している女子高生を見て、「ああー……」となんとも言い難い呟きが出てしまうのは、もはやどうしようもない連鎖反応といえただろう。

「何してるの、魔女子さん?」
 振り向いた奏多は、すぐ近くに立っていた有馬の姿に「えっと?」と首を傾げた。
 周りから見たら、何とも奇妙な行動。けれど、彼女にとっては特に理由もない行動である。それよりも、奏多は有馬が両手に持っているビニール袋から覗く仕入物の多さに驚いた。
「何をそんなに買ったんですか?」
「今週分の食糧。火曜日はあそこのスーパー安いから」
「有馬さん、すっかり主婦みたいですね」
「いや、普通でしょう」
「ちなみに今日のお夕食は?」
「肉団子スープかな。ひき肉が安かったんだよね」
「主婦ですね」
「だから、普通だよ」
 いーえ主婦です! とまだ言いはっている奏多を横目で見ながら、これはけなされているのか、褒められているのか、有馬は『主婦』の意味を取りかねた。けど、まあいいかとすぐに投げるのが彼の悪いところである。それよりも、彼が気になっていたのは、奏多が先程振り回していたものの方なのだ。
「魔女子さん、その羊羹どこで盗ってきたの?」
 さすがに盗んじゃだめでしょう、と諭す有馬を前に、奏多はあんぐりと口を開けた。ついで、ぱくぱくと口を動かし、最後に大きく深呼吸をしてから「違いますよ!」と叫んだ。
「盗むわけないでしょう!?」
「じゃあ、それどうしたの?」
 袋にも入っておらず、どこかの店のシールが付いているわけでもなく、羊羹の包みを丸ごと一本持っている人は非常に珍しいだろう。
 それに、有馬には、『奏多=西洋菓子』のイメージが非常に強かった。なぜなら、奏多は菓子の中でもケーキを大変好むからである。これまでも、彼女の胃へと大量のケーキが消えていく様を、有馬はおなじみとなってきたケーキバイキングに付き合わされる度に間近で見てきた。
 なのに今日は羊羹ときた。この組み合わせの意味が彼には分らなかったのだ。どう考えても、自分で買うことはないだろう。それなら、店先から盗ってきたのかなと、奏多にとっては至極不本意な結論にたどり着いてしまったのである。
「もらったんですよ。学校の近くの和菓子屋さんに。これ、色が赤白緑って三段付いてて切ったら菱餅みたいになるんです。きれいだなーってみてたら、『いつもありがとうね』って一本くれたんですよ。ほら、和菓子って一つ一つがとってもかわいくて綺麗ですけど、少し高いでしょう? だから、いつも月に一回だけ買ってたんです。自分へのご褒美に」
 けど、今日は雛あられももらえたのでラッキーでした! と付け加えた奏多は傍から見ても至極満足気だった。
「あれ? 魔女子さん、和菓子も食べるんだ」
「和菓子も例にもれなく大好きです。もちろん、せんべいも好きですよ。あ、今度有馬さん用に買ってきますね」
「いや、別にいいよ」
「でも、お茶うけに何か食べたいじゃないですか」
「何、お茶飲みに来る気なの?」
「あ! 有馬さん、羊羹は大丈夫ですか?」
「あのね、だから話聞こうよ、魔女子さん」
 奏多はにっこりと笑う。「羊羹食べれますか?」と。魔女子さんの頭の中はもう羊羹でいっぱいなのだと、有馬はその笑顔から悟った。悟りざるをえなかった。
「まあ、羊羹は割と美味しく食べられる方かな」
「よし、じゃあ、一緒に食べましょう! 有馬さんの家で!」
「何で僕の家」
「だって、こっから近いじゃないですか!
 奏多はふふふと笑って、また羊羹を振り回し始めた。
「通行人の邪魔になるから、振り回すのはやめようね。嬉しいのはもう充分、分かったからさ」
 はいはい、と有馬は奏多をなだめる。
 奏多の扱いもここ数カ月で慣れてきたものである。有馬は奏多が振り上げていた腕をとって降ろすと、そのまま彼女の手の中から長方形の羊羹の棒を取り上げて、今週分の食糧でごったがえっているビニール袋の中へと差し入れた。

 とりあえず、さっきの問いの答えは出たことになるのかなぁと有馬は思った。