バレンタインは十五日が本番!



 それは、月曜日の午後のこと。さらにいうなれば、付近の住人ほぼ100%が毎日の生活の中で利用するスーパーの中。
 ちょうどきれていた醤油を買いに来た有馬は、見慣れた人物を発見したのと時同じくして、彼女が持つ買い物かごに唖然とした。
 ちょうど、あちらのほうも気付いたのだろう。
「あ、有馬さん!」と、奏多は、レジへ進みつつ朗らかに、声をかけてきた。
「魔女子さん、それ、チョコ?」
「はい、そうですよ?」
 チョコ。チョコレート。まごうことなきチョコレートの山が、買い物かごを陣取って形成されている。
「もしかしなくとも、それ全部買うの?」
「はい」
「もしかしなくとも、一人で食べるの?」
「はい。……あ、でもちょっとくらいは、わけるかもしれません」
「魔女子さん、いくらなんでも、それは」
 買いすぎだろう、と。
 有馬の呆れたような視線に、彼が言いたいことを悟ったのだろう。
 奏多は、「何を言ってるんですか!」と反論を始めた。
「いいですか、有馬さん。今日は十五日ですよ。バレンタインデーの次の日こそ、バレンタインの本番です! なんと、ここのスーパーなら、毎年バレンタイン用のチョコレートが半額になるんです。スーパーだからって侮らないでください。私にしてみれば、ちょっとお高めなチョコレートから、普段食べるようなチョコレートまで、よりどりみどりで選び放題な日なんですから! 逃す手はありません」
 ただでさえ、今年は十五日が平日で、午後からしかこれないって言うのに、と奏多は、悔し紛れに力説する。
 有馬は、もうひたすら、へぇー、としか思えなかった。ここぞとばかりに他人事である。
「魔女子さんは、大変だね」
「ええ! 女の子は大変なんですよ!」
 女の子と、ひとくくりにするのもどうかと思うが。むしろ、鋭い反論が飛んできそうなのだが。
 とりあえず、本人がいいならそれでいいか、と有馬は、本来の目的果たすべく、醤油瓶だけを入れた買い物かごと共に、レジへ向かう列に並ぶことにしたのだ。
 ちなみに、すぐ前に並んだ奏多のチョコの山の値段に、何気なしに耳を傾けてみたところ、2680円だった。
「ほら、すっごく安い!」と奏多は得意そうに告げてくる。
 2680円は充分高いだろう、と有馬がひそかに思ったのは言うまでもない。