成人式とシナモンロール



 喫茶店のガラス窓を横切った振袖姿の女の子たちに、奏多は口に運んでいたフランボワーズチーズケーキのフォークを止めた。
「あ、今日、成人式」
「そうえば、成人の日だったけね」
 つい今しがた買い物帰りに奏多に呼び止められた有馬は、迷うことなく連れられて行った喫茶店の暖かさにのんびりと頷いた。奏多につられて見た窓の外では、雪のちらつく寒空の下、新成人らしい若者たちが歓談に花を咲かせながら、周りの人々よりもゆっくりとした足取りで通りすぎていく。
「有馬さんて、去年ですよね、成人式」
「そうだけど」
「どうでした?」
「どうって。式に出て、記念品貰って、そのままだらだらした後、同窓会だった」
「……有馬さんの説明って面白みに欠けますよね」
「説明に面白みを求めないでよ」
 なぜか目に見えてがっかりしている奏多を前に、有馬はコーヒーをすする。
「でもまぁ、大学が地元から離れてる分、小中の友達に会える機会なんてそうないからね。楽しかったよ」
「有馬さんは振袖お好きですか?」
「話聞こうよ、魔女子さん。なんでいきなりそっちに飛んだの」
 シナモンロールの皿に手を伸ばしていた奏多は、首を傾げる。
「えーっと。有馬さんの話聞いて、……なら楽しみだな、そういえば最近振袖の案内がたくさん来てる、でも振袖かわいいけど買うにしてもレンタルにしても高いんですよ、ってなってこうなりました」
「なるほど」
 で、どうですか? と奏多はフォークで割ったシナモンロールから漂う甘い香りに顔をにやけさせて尋ねた。
「あれは、綺麗だよね」
「そうなんですよね! どうしようかなぁ! 決めるなら今なんですよねぇ、振袖なくなっちゃうし。けど、旅行にだって行けちゃうお値段なんですよね」
「まぁ、着る着ないは人それぞれだし、どっちでもいいんじゃない?」
「有馬さんの時はどうでしたか!?」
「女子はほとんど振袖だったかな。男子はスーツと袴が八対二くらいだったよ、確か」
「なるほど」
 どうしよう、どうしよう、と悩み始めた奏多のフォークによって、シナモンロールは破壊されていった。一欠片切り分けられるごとに焦げた砂糖とシナモンの香りが辺りに溢れだす。
 崩れゆくシナモンロールを眺めながら、有馬は苦笑した。
「今の魔女子さんが振袖着るのって、正直とっても想像がつかないんだけど」
 シナモンロールから顔を上げた奏多は『どういう意味ですか』と胡乱な目つきで有馬を見た。
「なら、見ててくださいね。来年もしも着る時は、有馬さんに見せに行って、あっと言わせてやりますよ!」
 ふふふん、と息巻いた奏多は、けれど着物の似合いそうな大和撫子からは程遠く、大口でぺろりとシナモンロールを食べたのだ。