魅惑の誕生日プレゼント



 どうやら毎週金曜日に下校時間がかぶるらしいと有馬が気付いたのは、奏多と再会してニ週間ほど経った時だった。

“友達”と呼ぶほどの関係ではないような気がするが、一応顔見知りである。
 当然無視するわけにもいかず、結果、どちらからともなく話し掛け、そのまま流れで一緒に帰るというのが最近の傾向になりつつあった。

「魔女子さんには友達がいないの?」
 完全に“魔女子”があだ名と化し、しかも慣れきってしまっていた奏多は、呼ばれた名というよりは、有馬の失礼な発言に反応して隣を歩く人物を見上げた。
「いますよ!」
「だっていつも一人で帰ってるから」
 あくまでも金曜日に限ってのことではあるのだが、有馬は奏多が友達と帰っているところを見たことがない。だからこそ、奏多と帰ることになっていると言ってもあながち間違いではないだろうと彼は思う。
「金曜日だけですよ。のりちゃんは部活に入ってるから元々一緒に帰れませんし、依月ちゃんは金曜日にピアノ教室があるので学校からそのまま向かうんです」
「ふーん」
「“ふーん”って自分から振っといて何でそんな感心なさげなんですか? 誕生日聞かれた時にその反応だったら結構傷つきますよ?」
「何で誕生日」
 魔女子さんの思考回路は一体どうなっているのだろうと有馬は真剣に考えることがある。だが、有馬が不思議に思っていることなど気付くはずもない奏多は話を続けた。
「ちなみに私は4月7日です」
「ふーん」
「……」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「今、一瞬膝かっくんしてやろうかと思いましたよ……」
 口を尖らせてそう言い放った奏多から、有馬は人一人分間に入れるほどの距離をとった。もちろん奏多からの攻撃を避ける為である。
「有馬さんは?」
「何?」
「誕生日ですよ。いつですか?」
「ああ、11月25日」
「世界で一番有名なネズミの誕生日の一週間後ですか!」
「何その微妙な情報」
「って、来週じゃないですか!」
「また聞いてないし」
「そうだ! 誕生日プレゼントはケーキでいいですか?」
「絶対いらない!」
「大丈夫! 珈琲ケーキにしますよ?」
「それ、全然大丈夫じゃないから」
「ケーキ……」
「喜んでお断り! 全く嬉しくないから! もし持ってきても受け取らないからね」
 容赦ない有馬の『ケーキ断固拒否宣言』に奏多はしょぼくれたが、有馬は当然ながら放っておくことにした。


 しかし、一週間後の金曜日、「三日遅れですが」と言いながら差し出されたものに有馬はどういう顔をしていいのか分からなかった。
「魔女子さん何これ?」
「誕生日プレゼントですよ」
 胸を張って答える奏多の目の前で、有馬は手にしているものを掲げてみた。
 手のひらサイズの小さなぬいぐるみのついたキーホルダー。キーホルダーがあまり親しくはない人に対して、気を使わせない程度の誕生日プレゼントとして妥当であることは、まあ、認めよう。だが、そのぬいぐるみこそが何とも言えぬものだったのである。
 茶色の楕円の中に配されているのは太い眉、細長い線目、逆三角に開いた口というなんとも間抜けな顔をしたもの。さらに、そこから、申し訳程度にひょろひょろとした手と足が付いていたのだ。
「コーヒー豆くんです。可愛いでしょう?」
「ごめん、ちょっと魔女子さんのセンスを疑う」
「ネーミングセンスのない有馬さんだけには言われたくありませんでした」
 むすっとした口調でそう言いながらも、期待に目を輝かせている奏多に、有馬は苦笑する。
「ありがとうね」
「いいえ、お誕生日おめでとうございました!」
 有馬がコーヒー豆くんをバッグの中へとしまったのを確認した奏多は満足そうに笑った。
 もちろん、最後に「私の誕生日プレゼントはケーキがいいですからね!」としっかり付け加えることは忘れずに。


 とりあえず、有馬は自転車の鍵(使用頻度低)にコーヒー豆くんを付けてみたりしたとか、しなかったとか。