えっと、あっと、うーん?



「えーーーーーーーっと……?」

 有馬の長い長い戸惑いは静かに彼の部屋に落ちた。

 こたつ台の上にぽつねんと取り残されていたのは、奏多がつくったというトリュフなるもの。
 目の前にある状況はもちろん理解出来ているのだが、理解したくないような気もする。本当に忘れていったのか、それともわざと忘れていったのか、正直判断に困るところであった。
 もっとも、安田さんのチョコレートをほぼ一人で食べ、ほくほくと上機嫌で帰って行った様子から察するに、完全に存在を忘れていたのだろうと予想はつく―――つくが、有馬にとっては「だから何なの」状態だった。ただでさえ、扱いに困るチョコレート。しかも、ジンジャーマンクッキーの惨劇をつくりだした奏多作ときた。
「えぇーーー、これどうするの?」
 奏多も、彼女の友人も帰ってしまった今、疑問形にしたところで返ってくる答えはないのだが、思ってもみなかった状況に立たされた有馬は独り言であろうと口にせずにはいられなかった。ぼけっとつっ立ったまま、どうしたものかと、台に乗って存在を主張している丸い物体が入った袋を見下ろす。
 けれど、いつまでもそうしていたって状況は変わらない。仕方がないので、有馬は腰を下ろすと、ごそごそとこたつの中に入った。あるはずもないトリュフの弱点を探るがよろし、じぃーと眺めてみる。人差し指でちょっとつついて、ビニールの袋がカサリと音を立てたことに、有馬は深い深い溜息を付いた。
「これ、捨てちゃだめだよね?」
 やはり答えてくれるものなどいない。有馬はまた溜息を付いた。
「えー、でもじゃあ、これ食べなきゃなの?」
 今度は自分に問うてみた。すなわち、これ、自問である。当然自答しなければならないのだが、自答する方の有馬は答えに詰まった。
 自分でも妙なことを繰り返していると、自分の言動に呆れるところではあったのだが、奏多作の材料はチョコレートと同じであろうものは、有馬にとってそれくらい悩みの種だったのである。
 けれど、ついに彼は英雄と称えられるにふさわしい行動に出た。少なくとも、依月とのりからは未来永劫称えられるであろう。拍手喝采ものである。
 二回も食べる苦痛を味わいたくはない有馬は一口で、二つのトリュフをいっぺんにパクリと食べた。そこで、有馬は予想どおり、顔を歪めることとなる。

「何これ、苦っ……!」

 思っていたのとはまた違う方向の意外性。ほろ苦いどころではない。本当の本当に苦かった。苦み以外のなにものでもない。
 どうやら砂糖が一切使われていないようだ。それは、恐らく甘いものが嫌いな有馬の為にと、彼女が辿り着いた思いやりなのだろうけれど。正直、いらぬ思いやりである。ありがた迷惑であった。
「いや、ちょっとくらい砂糖入れようよ、魔女子さん……」
 さすがにこの苦さなら、砂糖が入っていた方がましである。というか、砂糖がはいっていたら完璧なトリュフだったろうなぁ、と有馬は思った。
 口に入れたトリュフは、甘みの代わりに激しい苦みを広げはしたものの、柔らかく溶けて、舌触りも良い。売りに出しても問題なさそうな感じではあった。
「あー、惜しいなぁ」
 有馬は、ふっと思わず笑ってしまった。空っぽになってしまった袋を眺めた後、口なおしをすべく、お茶を注ぎに台所へと向かったのである。