消えゆく歌



それは遠い遠い昔に作られた歌の、終わりの始まり。
とうとう忘れられゆくことになった歌物語。

×××


「それ、さっきから何歌ってるの?」
「さぁ?」
「さぁって……」
「だって分からないよ。昔に作られた歌だってことだけ」
「でも歌ってたじゃない」
「そんなの適当だよ。言葉になってない言葉で歌うことってない?」
「まぁ、ないことはないけど」
「まぁ、そういうわけですよ」
「いったいどんなことを歌っていたのかしら?」
「哀しげな物語じゃない?」
「なぜ? とても幸せそうな曲じゃない」
「そうかな? そうは聞こえないけど」
「どっちが当たっているのかしらね」
「さぁ? どっちも当たっていないかもよ。大したことでもないんじゃないかな。それか、もう役割を終えたんだよこの歌は」
「役割を?」
「そう、だから旋律だけ残ったんだろうねぇ。もう歌詞は必要なくなったんだ」
「まるで消えてしまう前の余韻ね」
「ああ、なかなかうまいことを言うね。まぁ、それも本当かどうかなんてわからないけど」
「ねぇ」
「ん?」
「もう一度歌ってよ、さっきの歌」
「適当に?」
「ええ、適当に。適当でもいいのよ、きっと。もう一度聞きたいの」
「ふーん。なら、お別れに」
「お別れに」

 そうして彼らは歌いだし、歌に耳を傾ける。
 消えかけた歌がその場にとどまった。彼らの記憶の一つに収まった。
 彼らは数年後、数十年後に「ああ、こういう歌があった」と思いだす。けれども、その時は、一体どんな歌だったのか、二人で一緒に歌ったはずの旋律までちっとも分からなくなっていた。
 ただ、「こういう歌があったよね」と彼らはお互いに昔語りをした。


これが、語り継がれた歌物語の、ひとつの終わり。