2-14:祝福の歌



「というわけで、めでたし、めでたし」

 にっこりと笑い、話を締めくくったフィシュアに、テトがパチパチと拍手を送る。
 急に馬から両手を離したテトの服を、シェラートは後ろから慌てて掴んだ。
「よかったね、ハッピーエンドで」
「そうね、よかったわね」
 ね~、と顔を見合わせる二人を見ながら、『いや、昨日よりも、明らかに話が減っているだろう』と、シェラートは思う。
 それが表情に出ていたのだろう。フィシュアは、隣で馬を歩かせているシェラートに近づいてくると、「あなたが長すぎるって言ったんでしょう?」と小声で文句を言ってきた。
「まぁ、ちょうといいじゃない。ほら、もう街も見えてきたし」
「お前は、ほんっとにいい加減だなぁ!?」
 呆れかえるシェラートに素知らぬ顔をして、フィシュアは馬の歩を速めた。


 朝、ラルーを出発した三人は、調達した馬に乗って次の街へと向かっていた。
 どこの街へ行くかは決めなかった。とにかく、急ぎの旅だから今日進めるところまで進もうという話になったのだ。
 フィシュアは宵の歌姫として普段から各地を転々としていることもあり馬の旅には慣れている。だから馬の扱いなどお手の物だった。
 幸いシェラートも乗り慣れている方らしい。テトを乗せているにもかかわらず、難なくフィシュアについて来た。
 いったいいつ魔人ジンが馬に乗る機会などあったのだろう、と疑問に思いながらも、それはすでに砂漠で証明されていることでもあった。
 あの時は気にも留めなかったが、割と速く馬を走らせていたフィシュアのすぐ後ろをシェラートは駆けていたのだ。
 しかも、足場の悪い砂漠で。テトを抱えながら、体力も限界であっただろう状態で、だ。
 つまり、シェラートの乗馬の技術は上級者のそれだと言えた。
 そのことに途中で気付いたフィシュアは、二人に相談の上、人の往来の多い街道を避け、街道に沿った別の道を使い、可能な限り全速力で馬を走らせることにした。
 しかし、ところどころ舗装が不安定な道もあったせいか、テトには少なくない負担を与えてしまったらしい。あまりにもテトが馬上でがくがくと首を揺らしていたので「やっぱり速度を緩めようか?」と尋ねてみると、テトはかぶりを振った。
「大丈夫。できるだけ早く着きたいから」
 気にしないで、と笑うテトの意志を汲み、フィシュアとシェラートはそれまでと変わらぬ速度で駆けてきたのだ。
 もちろん馬のためにも必要である休憩は充分にとったが、それでも予定していたよりも半日分は早く進むことができた。
 そのため、三人は日が傾き始めた頃、今日はここまでにして、明日も同じペースで進めるよう次の街でしっかり休むこに決めたのだ。


 近くの街へと続く街道には多くの人が行きかっている。
 フィシュアとシェラートは馬の歩を駆け足から歩みへと変え、ゆっくりと街道を進んだ。
 テトの髪と同じ栗色の二頭の馬が鳴らすパカ、パカという蹄の音を聞きながら、三人はのんびりと周りの景色を楽しんでいた。
 はじめは、道端に咲く小さな白い花々や時折頭上を通る大きな鳥に目を輝かせていたテトだったが、変わらない景色にすぐに飽きてしまったらしい。
 街はまだだろうかと、しきりに前を見ては溜息を吐きだした。
 そんなテトを見かねて、フィシュアはつい先程まで昨日の御伽話の続きを聞かせていたのだった。


「テト、走るなっ!」
 やっと街について、シェラートに馬から降ろしてもらったとたん、テトは走り出した。
 フィシュアに馬を押し付け、シェラートは慌ててその後ろ姿を追いかける。
 苦笑しながらもフィシュアは二人の消えた方へゆっくりとその歩みを進めた。
「わぁっ!」
 目の前に広がる光景に、テトは感嘆の声をあげてその場に立ち尽くした。
 丸く白い屋根を持つ大きな寺院のまわりでは、たくさんの真っ白な花びらが舞い踊っている。
 そのどちらもが夕日色に輝いて、よりいっそう神秘的な世界を作り出していた。
「あぁ、結婚式ね」
 フィシュアが「ほら」と指さした方向には、艶やかな花びらがことさら多く舞っていた。
 その中心に純白の衣に身を包んだ男女が二人。ほんのりと頬を染め、幸せそうに笑いあっている。
 まるで周りの者にまで幸福を伝播させるような笑顔だった。
「私ちょっと歌ってこようかな」
 言うが早いか、今度はシェラートに手綱を押し付けると、フィシュアは衣を翻し舞い散る花びらの中へ走り出した。
 フィシュアの後ろをテトが楽しそうに追いかける。
 おい、と小言を吐きながらも、強くは止めきれないシェラートは、またテトを追いかけるはめとなった。

「宵の歌姫から、お二人に祝福を」

 フィシュアは主役の二人の前に立つと、ローブの両端をつまんで裾を広げ、腰を落とし、軽やかに礼をした。
 当然のことながら、突然現れた女に新郎新婦、参列者ともども、仰天した。
 しかも、宵の歌姫だという。
 こんな格好で申し訳ないのですが、とはにかむ女の姿は確かに婚儀の場には似つかわしくはない。
 腰の辺りを細い紐で縛っただけの丈の長い貫頭衣に、いかにも旅装といった風の下履きだ。衣装が白、ということだけが、この場に合っていた。とはいえ、やはりそれも粗末な生成りの服装で、どことなく薄汚れている感じが否めない。
 それでも、純白のドレスの花嫁は頬を紅潮させて嬉しそうにお辞儀した。
「何よりものお祝いでございます、歌姫様」
 フィシュアは花のような微笑を浮かべ、もう一度軽く足を曲げてお辞儀をすると、軽やかに息を吸い込んだ。


 あなたに花を贈りましょう
 あなたの好きな歌とともに

 あなたの花を受け取りましょう
 素敵なあなたの歌とともに

 代わりに何を捧げましょうか

 ええ、何もいらぬとは申せません

 あなたと共に純白の花を
 二人で花を育てましょう
 色とりどりの綺麗な花を

 花が舞い散るその日まで


「二人に永久とわの幸福を」