2-8:夜伽話【1】



 昔々、って言っても、本当はまだそう遠くない最近の話なんだけどね。これから話すのは、東の国の魔女のお話。
 この世界には、東、西、南、北、それぞれの国に四人の魔女が、そして北東、北西、南東、南西、それぞれの国に四人の賢者が住んでいるってこと、テトはもう知っているかしら? ちなみに、この国、西の大陸にあるダランズール帝国には、北西の賢者が住んでいるんだけどね。
 会ってみたい? そうねぇ、テトが皇都こうとまで来たら、その時には、きっと会えるかもしれないわよ。
 ――え? 北西の賢者もすごく長生きかって? 残念ながら、そうじゃないわ。うん、わかってる。テトは、そう聞いたんでしょう? でもね、それは違うのよ。
 確かに、テトと同じように、魔女や賢者が魔人ジン魔神ジーニーみたいに、それこそ何百年も生きているって勘違いをしている人も多いわ。 魔女も賢者も魔人ジンたちみたいに、すごい力を使うことができるからね。
 それでも、私たちと変わらない。私たちと同じ人間なの。だからね、普通の人みたいに生活しているし、寿命だって普通の人と同じ。
 ただね、生まれた時から、人には説明できないすごい力を持っている人たちのことをそう呼ぶの。
 だから本当は絶対八人とは限らないし、時代によってはそれよりも少し増えたり、減ったりすることもあるんだって。けど、なぜか、たくさんの魔女や賢者が同じ時代に生まれることもないし、その逆、まったく存在しない時代というのもこれまでないそうよ。それに不思議なんだけど、生まれる地域も、なぜかやっぱりきれいにわかれるんですって。
 そんなふうに、とても強い力を持って生まれた子どもたちはね、親元で普通の子と同じように育ったあと、みんなが学校に行ったり、仕事についたりする代わりに、近くの魔女や賢者のもとで修業をするのよ。
 力を持っていても、上手な使い方がわからないと困るでしょう? だから、その力が暴走したり、悪いことに使われるのを防ぐために、自分が持っている力そのものについて、きちんと学ぶ必要があるのね。
 だから、魔女や賢者という呼び方も、私の‟宵の歌姫”と同じ称号のようなものかしらね。
 なんだか話が少しそれちゃったけど、とにかく。
 今から、テトに話すのは、「東の魔女」と言われているのに、西の大陸にあるこの国に住むことになった魔女の御伽話。


***


 ――その魔女の名は、サーシャといった。
 東の国の言葉で‟たなびく者”という意味を持つその名のとおり、その魔女は波打つ豊かな黒髪をいつも風にたなびかせていた。
 東の国の者が特徴とする黒の髪と緑の瞳を彼女もまた持ちあわせ、にもかかわらず、彼女の異質さを際立たせていたのは、常人よりも明らかにいっした、その色の美しさだった。
 深い髪色はどこまでも濃く、漆黒の闇を彷彿させる。かと思えば、一度、黒髪が月の光を受ければ、つややかなその髪は、あわと月の光を灯すのだ。
 緑の瞳もまた然り。微細なきらめきを内包する明るい緑眼は、まさにエメラルドの宝玉そのもの。
 透き通る白い肌と、整った顔立ちが、彼女が持つ色の美しさを、さらに引き立てた。
 時に、畏怖の対象として恐れられる‟魔女”であるはずの彼女が、その時代、むしろ絶世の美女として吟遊詩人に歌い称えられた所以ゆえんである。
 加えて、彼女を有名にしたのが、類稀な才能だった。歴代の魔女の中でも強い力を持ちながら、難なくその力を統率し、我がものとして使いこなした彼女は、先代の東の魔女に師事して三年――十三歳という異例の若さで、”東の魔女”の座を譲り受けた。
 おかげで東の国に住む者で、その魔女サーシャの名を知らない者はいない。
 ただ、歌に歌われ誰もが知るその魔女の姿を実際に目にした者は、そう多くはなかった。
 東の魔女がいるのは、国の外れ。強風吹きすさぶ荒野に、魔女の住む石の砦はある。よほどのことでない限り訪れる者はなく、魔女自身もめったに砦の外へは出なかった。
 そんな彼女が、公の場に姿をあらわしたのは、東の魔女の披露目の儀から三年後、サーシャが十六の時だった。
 東の国――カーマイル王国より海賊退治の依頼が舞い込んだのである。
 魔女と賢者は、元来、国に関わることをよしとしない。人知を超える力を持つゆえに、一国に力を貸してしまうと、与える影響が大きすぎるからだ。
 力を貸すのは、どうしてもと願いを携え魔女を訪ねて来た者たち――その中でも、話を聞いて力を貸すに値する内容だと彼女が判断した者たちだけだ。
 そのため、カーマイル王国からの使者が魔女の砦にやって来た時、サーシャは慣例に従い、王の依頼を即座に断った。
 当然、王国側も魔女の事情を承知してはいるので、無理を承知で依頼してきている。サーシャもそのことを理解した上で、それでもなお断るのだから、王にこちらの意思が伝わった時点で、話は終わるはずだった。
 だが蓋を開けてみれば、彼女の予想に反し、王国からの使者は一向に食い下がる気配を見せず、それどころか日を空けずに毎日サーシャへの元を訪ねて来た。それでも魔女が承知しないと知るや、ついに国王自ら魔女の砦に押しかけ泣きついてきたのである。
 この頃には、さすがに辟易していたサーシャは、ひとまず話だけは聞こうと、妥協点を示した。
 聞いて、それから断ればいい、と思ったのだ。
 だが、聞かされた内容にサーシャは驚く。まさか、と思い、王と共にやって来ていた従者が広げた資料を確認すれば、そのどれもが今しがた聞かされたばかりの内容に偽りがないことを証明していた。
 近頃、カーマイル王国近海に出没しているという海賊たち。
 王国の港に来航する商船の実に半数以上が被害を受けている。
 さらに悪いことに、海賊が現われはじめ、まだ半年にも満たないというのに、被害総額は、すでに国費五年分にも及んでいた。
 なぜここまで放っていたのか、と王を問いただせば、兵は出したが、まったくもって歯が立たなかったと言う。
 唯一救いだったのは、海賊たちが殺しを働いていなかったことだ。金品さえ奪えれば、むやみに人に手を出さない。海賊たちに応戦した結果、怪我を負った者も、命まではとられなかったという。
 結局、あまりにひどい被害状況に目をつむるわけにもいかず、サーシャは海賊退治の依頼を受けることにした。
 ただし、東の魔女として、カーマイル王国側にばかり肩入れするわけにはいかない。だから依頼を受けるが、代わりに、海賊たちの処遇については一切口は出さないこと。
 サーシャは、そう王に約束させた。