第2戦 恋は盲目、身分が障害、ならば答えは単純明快


 カーマイル王国の郊外。王都からのびる公道から離れた広い荒野の一端に、東の魔女が住む砦はある。
 一体いつ頃、建てられたのか定かでない五階建ての石造りの砦は、見るからにいかめしく、近寄りがたい雰囲気を醸し出す。海に直接面しているわけではないが、遮るもののない荒野を渡る海風は、ここでも強く吹き荒み、魔女の砦にあたるたびに、いっそう気味の悪い唸りを辺りに反響させた。
 魔女は訪れる者すべての願いに耳を傾ける。
 はるか遠い昔から続いてきた魔女の生業を知らぬ者など、この大陸にはいない。
 それでも人知を超えた力を持つ魔女に、人々は自分とは異なる歪さを感じとるのか、むやみやたらと砦に近づこうとはしなかった。東の魔女を訪れる者はきまって、街からわざわざ肝試しに来る悪戯小僧か、切羽詰まった相談事を持った者たちの二つに一つだ。
「お話は分かりました」
 東の魔女は対面に座る三人の男たちに向き直った。
「ソラリアさまー!」
 近隣の村から代表で東の魔女を訪ねてきた男たちは、強張った仕草で互いに目を配せ合う。ひどく緊張しているのだろう。彼らの前に出された茶は、一口も飲まれることなく、冷え切っていた。「それでは」と、三人の内、中央に座る男が、魔女の出方を伺うように切りだした。
「おーい。ソラリアさまってばー!」
 男たちは、おどおどと窓に目を向ける。
 魔女の弟子である娘はティーポットを傾け、中身が少なくなっていた魔女のカップに新たな茶を注いだ。注ぐ先から、ほこほこと湯気が湧きあがる。
「ソラリアさまー! えーっと、じゃぁ、ソラリアさーん?」
「つまり、ロプワーの木の奇病を治めてほしいと。そういうことですね?」
「え? ……え、ええ! そうなんです。どれもこれも枯れ始めてしまって、これじゃあ実がなるどころか、花さえ咲きそうにないんです」
 魔女の確認に、三人の男たちは慌てて、うんうんと同意を示す。今年に入って間もなく、彼らの村の生活を支える果樹がいっせいに枯れ始めた。一本一本見回っても、枯れる原因がてんで見当たらない。知った病気でもないようだ。何とかしてほしい、と言うのが、彼らが魔女の砦を訪ねた理由だった。
「ソラリアちゃーん!?」
 男たちの一番右端に座っていた青年が、そわそわと視線を動かす。気になって仕方がないらしい彼は、素知らぬ顔をしている魔女と弟子、それから窓とを見比べながら、もごもごと口を開いたり閉じたりを繰り返した。
「どちらにしろ、それが病気であるのか、または他に原因があるのか、一度、拝見しなければなりませんね」
「は、はい! そうですよね。ありがたいことです」
「ソラリアー!」
「明日にでも一度、弟子を村に向かわせましょう」
 魔女は静かに微笑し、男たちに助力を約束する。
「その場で解決できるものであれば、この子で充分事足りるでしょう」
 魔女は、傍らに立つ弟子を男たちに示した。それを受けて、弟子は村から出向いてきた男たちに辞儀をする。
「よろしくお願いします」
「ソーラーリーアー!!!」
「いえいえ、とんでもない! 私たちの方こそお願いいたしますよ」
 弟子に倣って深々と頭を下げた男たちは、面をあげた次の瞬間、揃って顔を引きつらせた。
 彼らの対面に立つ弟子の娘の唇は笑みを刻みながら、目が完全にすわっていたのである。まだ随分と年若く、東の魔女に比べたらとっつきやすい柔らかさを持っていた分、弟子の表情は、男たちを震え上がらせた。
「……すみません、師匠。あれ、ふっとばしてきていいですか、ね?」
「そうだね。こう毎日だと、ちょっとうるさいね」
 魔女は、ほんのりと眉根を寄せる。一体何が起こっていると言うのか。魔女と弟子とが醸し出す冷え冷えとした空気に、男たちはびしりと身体を硬直させた。
「まぁ、ほどほどにね」
「ほどほどにならいいんですね! わかりました! 了解です! 行ってきます!!!」
 魔女の言葉に、弟子はぱっと顔を輝かせた。締め切っていた窓を勢いよく開け放ち、窓の桟によじ登る。かと思うと、唐突に「サーシェイナ」と叫んだ弟子は、窓枠を蹴り、飛び降りてしまった。
 ひっ、と悲鳴をあげた三人の男たちの正面で、魔女は口元に引き寄せたカップに、ふぅと静かに息を吹きかける。
「……ひ、東の魔女様? 五階……お弟子様が。落ち……!?」
 恐る恐る問いかけてくる男たちの顔はすっかり青ざめている。五階から飛び降りた弟子のことを心配してくれているのだろうと、あたりをつけた魔女は、カップを置くと微笑を返した。
「大丈夫ですよ。ご安心ください。なんなら、そこの窓から覗いて見たらあの子の無事が確認できるかと」
 男たちは、顔を見合わせる。
 けれども、続いて響いてきた爆発音と若い男の悲鳴に、彼らは賢明にも窓の外から下をのぞくことを止めておくことにしたのである。