よくもまぁ、こんなところを見つけ出したものだとソラリアは、いっそ感心した。
 荒野のただ中を走る公道の外れ。ソラリアが連れてこられたその場所には、かつて王都へ至るその道を監視する見張り小屋として使われていたのだろう木造の家屋がぽつんと建っていた。すでに手を入れたのか、古びた見かけの割りに、吹き荒ぶ風に煽られても軋みをあげず、平然と建っている。併設されている厩舎では、何やら疲れた様子の彼の馬がもそもそと飼い葉を食んでいた。その他には庭もなければ垣根もない。元が見張り小屋という実用重視でつくられたからなのか、その場所は飾り気などなくどこまでも質素だった。彩りといえば、足元から地平の先まで広がっている赤茶けた大地に、心許なげに草がへばりついているくらいだ。
 ただ、ここまで来るのにそう時間はかからなかったという自覚の通り、この場から充分目視できる位置に砦が立っているのを確認して、ソラリアは溜め息をついた。そういえば、砦からこんな小屋が見えていたような気がしないでもない。さすがにここからでは、砦の上階の窓から顔を出したとしても判別できそうにはないが、見張られているようでもあり、気分はよろしくない。
 感情のままに舌打ちをしそうになったソラリアの横で、エドワルドは得意気に「いい場所でしょう」とのたまった。
「邪魔にならないくらいには離れた、でも、砦が見える場所がいいからね」
「邪魔をしている自覚はあったの」
「嫌われたいわけではないから」
「はじめから嫌われてることは無視なのね?」
「出発点からの加点法だから、もう好転するしかないよね!」
「現在進行形で悪化しかしてないけど」
「好転希望で! 減点でなく、加点法だよ、ソラリア! ここ重要!」
「……わかったから、とりあえず黙って」
「わかってくれたんだね、じゃあ、これで僕とけっこ」
「――理解不能だから、とりあえず黙れ!」
 呆れて怒鳴りつければ、わかめ頭はきらきらと瞳を輝かせる。ソラリアは頭を抱えたくなるのを堪えて、目の前の仕事に集中することにした。とにもかくにも、一分でも相談にのりさえすれば、今日の責務は果たした、と。そういうことにして、早く師匠であるとケルティカと午後のお茶を楽しみたい。
「……で? 肝心の畑はどこにあるの」
「どこって?」
「だから、畑よ。見ないことにはどういう状態かわからないでしょう。助言しようにもしようがないわ。何か問題があるなら、対処しないといけないし」
「えーっ……と?」
 ソラリアが問えば、当事者であるはずのエドワルドは困惑したように、人差し指で頬をかいた。
「ごめん。ソラリアの言いたいこと、何でもすぐに、それこそあうんの呼吸どころか、目があえばすぐ、むしろあわなくたって、遠くに離れてたって理解したいって、常日頃から思ってはいるんだけど、まだまだ修行が足りないみたい。今はまだもう少し説明してほしいんだけど、ソラリアの言うどこって、つまりどういうこと?」
「だから、あなたのつくったっていう畑の場所を聞いてるの」
 それ以外に何があるっていうの、とソラリアは、なおも困惑顔のエドワルドに告げた。
「えーっと、うーん、と、だから」とエドワルドは、ますます不可解そうな顔をして「んん?」と首をひねる。
「ごめん、ソラリア。やっぱり言っている意味がわからないんだけど」
「何が意味がわからないのよ」
「ソラリア、君は、僕に畑につれていくように言ったでしょ?」
「言った」
「だから、つれてきたんだけど」
「だから、家じゃなくて、畑はどこだっていってるでしょう!?」
「えーと、だから、うん。家ももちろんここなんだけど。僕たちが立っているここが、その場所で、他に畑なんてないんだけど」
「は?」
 他にも畑をつくった方がいいってそういうこと? と、エドワルドは的はずれなことを問う。
「あぁ、そっか。そうだよね。農民になるからには、いっそこの辺全部畑にするくらいの意気じゃないと暮らしが成り立たないかな?」
 なるほどなるほど、とエドワルドは一人合点が言ったとばかりに頷いている。目の前で能天気に首を振る貴族のぼんぼんに、ソラリアは眩暈がした。
「……からかっているの?」
 冷めた目でソラリアは、貴族の四男坊を見据えた。一方のエドワルドは、わざとなのか、きょとりとした表情で動きをとめる。
「え?」
「ここのどこが畑ですって? 農民になるですって? 私たちのこと、ばかにしているの?」
「ソラリア?」
 ちょっと待って、とエドワルドは慌てて、言い募った。
「からかってもいないし、ばかにしてもいないよ。僕は真剣に畑をつくりたいと思って、種をまいたんだ」
「種を、ここに?」
「そう。買った店で、『初心者だって、これなら種まいて、ちゃっちゃーと水さえ毎日与えれば、簡単にできますよー』ていうから、その通りにしたんだけど」
 なんと芽が出るのに一週間、収穫まで二ヶ月足らず、なんだって、とエドワルドは付け加える。
「ちなみに念のために聞くけど、正確にはどの位置に種をまいたの?」
「ん? だから、本当にちょうどここなんだけど。ここからが一番、東の魔女殿の砦がよく見えるからね」
 エドワルドは足もとを指差す。つられて足もとを見下ろしながら、ソラリアは長く長く息を吐き出した。
「あなたがバカってことはあらためて理解したわ」
「ソラリア、ソラリア。できたら、加点希望なんだけど?」
「うるさい! 今のどこに加点できる要素があるっていうの!」
 足もとに広がるのは他と変わらぬ赤茶けた大地のみ。何の種をまいたのか知らないが、彼の言う通り、野菜の芽が出る気配など皆無だ。
 それもそのはず。この場には耕した跡すら見当たらない。ぽつぽつと地にへばりついたままの草を見れば、雑草すら取り除く気がなかったのは一目瞭然だ。
 そもそもこの場所は野菜づくりに向いていないのだ。赤茶けたこの大地は痩せていて、粘土質で固く、水捌けも悪い。
 種をまいた後、土をかぶせたかもあやしいが、どちらにしろ強風吹き渡るこの場所では、すぐに種も飛ばされしまったはずだ。運よく芽が出たとしても、倒れてしまう。風に煽られ、存分には育たない。
 この痩せた大地で、絶えず吹く強風の中、野菜を育てるのは難しい。でなければ、この広大な土地は、とっくの昔に農地として活用されていただろう。
 少し考えればわかりそうなのに考えもつかなかったという時点でダメなのだ。真剣に畑づくりをしようとしたなどと、いくら言われても、ソラリアには信じられるはずがなかった。
「だいたい、その店の人だってあなたがいいとこの坊っちゃんだって一目でわかるでしょ」
「そんなに気品が溢れてる?」
「……あなた貴族以外の人間ちゃんと見たことあるの?」
 まぁ、いいけど、とソラリアは打ち消すように手を振った。
「店の人だって、まさか貴族のぼんぼんが、こんなとこで畑づくりはじめるなんて思ってもみなかったでしょうよ。植えて育てるといっても、本当のところ面倒を見るのは別にいると思っていたでしょうし」
「どういうこと?」
「あんたの屋敷の庭か、手入れが行き届いた畑で育てると思われたってこと」
「つまり……?」
 なおも怪訝気な表情で問いを重ねてくるエドワルドに、ソラリアはこの話は終わりだとばかりに首を横に振った。
「わからないうちは、野菜のひとつも育てるのは無理よ。あなたたちから見れば、気楽そうに見えるのかもしれないけど、農民だって、そうたやすいものなんかじゃない。少なくとも思いつきでなるようなものじゃない」
 でも、と言い募るエドワルドから、ソラリアはふいと顔をそらした。
 風吹く空を仰いで、ソラリアは平坦な声で「帰る」と呟く。とたん、彼女身体は、ふうわりと宙に浮きあがった。
「ソラリア、待って」
 エドワルドは、答えを求めて手を伸ばす。その指先が届くより早く、ソラリアは彼に背を向けると、空高く舞いあがった。