夕暮れが一日の終わりを連れてくる頃、王宮の仕事もまた一応の終わりを見せる。

four o'clock



 こつんこつんと扉を叩いて、遠い昔のいつぞやぶりか慇懃にも帰宅の挨拶をしにくるようになったラスリーはこの日も姿を現した。
 殊更、何を言うわけでもない。ほんの二言三言、たわいもない言葉を交わして。時には、茶や菓子やちょっとした手土産を思い出したように交わす。
 それでは、と踵を返そうとしたラスリーを私はこの日ばかりは呼びとめた。
 手にしたのは小包。渡しそびれてしまうところだったと、慌てて棚から取って来て、差し出す。
「グランがアカシアの蜂蜜が好きだったでしょう。ちょうどよいのを貰い受けたので、おすそわけです」
 あぁ、とラスリーは受け取った弟への手土産を軽くあげた。
「喜ぶ。ありがとう」
「いいえ。私もグランからよくいただきものをしますから。ご両親にもよろしくお伝えください」
 相槌を打つように、ラスリーはかすかに微笑する。
「よい夜を、リシェル」
「ええ、気をつけて」
 と。
 気まぐれのようにラスリーは、私の髪の毛を一房指に絡めた。見咎めて、眉を寄せれば、彼はすぐに手を離して、おかしそうに喉を震わせる。
「今度何かお礼を持参しますよ」
「いりませんよ。それより早く帰ったらどうです? あなたが帰らないと夕食の時刻が延びてしまうのでしょう?」
「そうだな。先に食べてしまえばいいのに」
「嬉しいのなら、そう口にしてしまえばいいのに」
 どうして昔からそうなんですか、と溜息交じりに問う。瞬間、虚をつかれたように橙の目を瞠ったラスリーは和やかに相好を崩した。
「言われなくても帰るさ」
 今度こそ暇を告げたその足で、部屋を出て行ったラスリーを見送る。
 今日の終わる間際。物心ついた時から王宮に住んでいる私たちにはない境目を彼を通して見る。
 だからこそ、いつも一人家路に就くその姿がやわらいでいると安心するのだ。きっとアトラスも同じだろう。
 この王宮でおそらく一番純粋に彼が家族をあいしていることを、私たちはずっと前から知っているから。

before, say good night.