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一歩先に足をのばして、過ぎた景色を振り返る



Merci Beaucoup et Adieu 2013!




◆◇◆Moss Agate

 きらきらと降る星明かりに手を伸ばす。
 凍えた白い吐息は、細くたなびいて、夜空に吸い込まれた。
 はしゃぎ回る精霊たちの気配を感じて、ソラリアはそっと笑みを形作る。
『おやすみ』
 『おやすみ、ソラリア』
『また明日』
 『よい夢を、ソラリア』
 気の優しい精霊たちは、ソラリアの周りを巡り、巡る。
 娘の銀色の髪を揺らし、撫でて、ちかりと星の瞬きを加える。
 ええ、とソラリアは、息だけで応じてみせた。
 おやすみ、また明日、よい夢を。
 音にはせずに、口元だけを動かして告げる。
 満足気に、ソラリアを取り巻いた精霊たちは、ぱっとそれぞれの方向へ散った。
 彼らが去ってしまうのを見届け、ソラリアは外套を掻き合わせた。
 遮るもののない荒野に吹きすさぶ風は冷たい。
 この寒さの中では師のケルティカが魔法をかけて持たせてくれた外套と温石がなければ、すぐに凍えきってしまう。
 雪はひとひらも降りそうにない。
 数多の星がきそって晴れ渡った空に物語を織りなしているが、その分、乾ききった空気は、冷たいよりも痛いくらいだった。
 自然、砦に向かうソラリアの歩幅は広くなった。
 砦では、ケルティカが果実酒を小鍋で温めてくれている。
 もともと蜂蜜を入れ温める果実酒は、火にかける過程でほどよく酒気が抜けるため、どちらかと言えば酒が苦手なソラリアでもおいしく飲める代物だ。
 ケルティカは、蜂蜜に加え、香辛料と柑橘系の果物も一緒に煮詰めたものを好むから、飲みやすさとおいしさはとりわけ格別だった。
 温かい部屋に、熱い果実酒が待ち遠しい。
 飲むと、芯から温まり、ふんわりと気が解ける果実酒をケルティカと飲むのは、苦手な冬の唯一の楽しみと言ってもよかった。
 逸る気持ちのままに、足を急かしたソラリアは、ようやく間近になった砦の明かりを見あげ、思わず笑みを零す。
 が、明るい窓辺から砦の入口にそのまま視線を落としたソラリアは思いっきり顔を歪めることになった。
「なんでいるのよ、あんたは」
「ああああああっ! ソラリア! 待っていました! 本当に待っていましたよ!」
 がちがちと噛み合わない歯を耳障りなほど打ち鳴らし、ずうずうしくも砦の入口を陣取っていたエドワルドは、ソラリアを目にするなり青ざめた顔を歓喜で朱色に輝かせるという見事な芸当を披露した。
 暖をとるためだろう。白い息を吐き散らしては凍え震えるばかり主人から、がしりと首に巻きつかれている彼の馬が、ソラリアは哀れでならなかった。
 ソラリアが同情の視線を馬に寄せれば、馬はとっくに諦めているとばかりに鼻を鳴らす。主人に比べて、賢い馬だった。
 そもそも夕に帰ったはずの彼がなぜここにいる。
「阿呆なんですか? わかっていたけど、阿呆ですよね。死にたいんですか、そうなんですか、なら殺してあげてもいいですよ?」
「はい、ソラリア、構ってくれるのはとっても嬉しいんだけど、さすがにまだ生きていたいっていう僕の気持ちを尊重してください!」
 ああでもやっぱり夜に出会うと一段と綺麗、怒ってもらえるのってすごく感動するね、と訳の分らぬことをほざきはじめたエドワルドのわかめ頭に、ソラリアは無言で手にしていた温石を叩きつけた。
「帰れ」
「待って。少しくらい話を聞いてっ!」
 エドワルドはわざとらしく悲痛な声をあげて、さっさと砦の内に入ろうとしたソラリアの腕にしがみついた。
「しつこいっ!」
「少しだけ! 一瞬で終わるから! 聞いてくれなかったら、朝までここに居座りますよ!? もれなく僕とうちの賢いジョーアの凍死体に朝日と共にお目にかかることになっちゃいますよ!?」
「あああああああっ! もうっ! わかったわよ! 何!?」
「ソラリア、手! 手出してください」
 エドワルドの言葉に、ソラリアは思いっきり口を歪めて、手を突き出した。
 それを見たエドワルドは、にこりと、さも品よさそうに笑う。
 もったいぶった手つきで、握り拳をソラリアの掌上に翳したエドワルドは、赤くかじかんでいるその手を開いて、持って来たものをころりと彼女の手中に落した。
「何、これ?」
「飴ですよ」
「見ればわかるわよ、それは」
 ソラリアは眉根を寄せて、エドワルドを睨む。掌には薄緑の紙に包まれた飴が一粒。まさかこれだけのために、ここにいたとは言わないだろう。
「聖イリヤネスの祝祭で贈り物を渡し損ねていたのに、都に帰ったら気付いて。あぁ、ソラリアにも何かないかなぁと思ったんです」
「それで、なんで飴」
「だって、受取ってくれるとしたらそれくらいでしょう?」
「いらないんだけど」
「まぁまぁ、そう言わず。遠慮しないで」
 へらり、と笑って、エドワルドはソラリアから一歩しりぞいた。
「ソラリアが望むならこちらでも」
 言いながら、エドワルドは宝石を放って寄こす。ソラリアは目を見開いて、手に届いた美しい石に激怒した。
「ばかじゃないの!?」
「でしょう? そうなるでしょう?」
 すぐさま投げて返された宝石をしまいこみながら、エドワルドはおかしそうに噴き出す。
 続けざまに顔面に飛んできた外套に、エドワルドは尻もちをついた。
「帰れ!」
 顔に直撃した外套を慌てて引き下ろし、エドワルドは「ソラリア」と、扉の向こうに消えゆく銀髪の魔女の弟子を呼びとめる。
「ありがとう」
 扉の向こうに長い銀髪が消えるのと、礼が届くのとどっちが早かったろうか。
 エドワルドはなぜか風がちっとも通らない外套を手にしたまま、温石をおさめた懐をぽんぽんと叩いた。
 扉の内でソラリアはいらだつ気持ちのままに、貰ったばかりの飴をがりがりと噛み砕く。
 遠のく馬足の音に、ようやく安堵の息を吐き、不要になった包み紙を手の中に握り隠したソラリアは、最愛の師が待つ部屋へと急いだ。


あるひの森の中

One day, in the Forest.


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