雨色日和


「あぁーーーー」

 少年は、腕と変わらぬ長さのスパナで、トントンと肩をたたく。
 やってしまった、と思わぬでもない事態。
 しかし、後悔したところで、壊れた水の勢いが止まるはずがなかった。
 知らず現実逃避したくなる思考を、軌道修正させて、まずどこから処置すべきかを、彼は考えだす。
 地上の雨は蛇口で調整する時代。
 修理をしにきて余計に蛇口を壊してしまった天気工の少年は、大地に吸い込まれていく多量の雨を見ながら、己の浅はかさを呪った。
 上司からはこっぴどく怒られることであろう。

 降りやまぬ雨は、その後三日間続いた。

祈りの神


 すぅ、と指が地面をなぞる。
 泥で固められた灰色の地。同じ泥で、新婦は祈りをかたどり始めた。
 彼女は、親指と人差し指でこねた具材を指の腹で地に押し付ける。
 力強く押された指。けれども、描き出される軌跡は優雅に、静かに徐々に紋様をかたどっていく。
 息を詰めずにはいられない一瞬。
 描き出された祈りの中央に、彼女は神の姿を配した。
 神を周りから、線が図柄となって花開く。
 繋がった祈りに、彼女は、額を覆う汗粒を腕で拭った。
 嫁いでからこちら、毎朝彼女が続けている作業。
 たどたどしかった仕草も、日々を重ねるにつれ、随分と手なれたものになった。
 それでも、線を閉じる瞬間は、初めと変わらずいつの時も緊張する。
 見ているこちらもそうなのだから、きっと彼女はよりそう感じているのだろう。
 その証拠に、汗をぬぐった彼女は、いつも一気に力が抜けきったように顔をゆるやかに綻ばせて、重力に引きずられるようにぺたりと地へ座り込む。
 そうして、しばらく神に捧ぐ祈りに見入っていた彼女は、再び足をついて、尻を浮かすと、紋様の上にかがみこんだ。泥を指に掬い取り、神の姿を丹念に塗りつぶしていく。
 最後に、彼女は、泥だらけの手で水差しを取ると、澄んだ水を図柄の上にさらさらと注ぎ込み、あとかたもなく綺麗に溶かしてしまった。


「ねぇ、あんまり泣いていると、喉の奥で血の味がするようになっちゃうわよ?」

 ふわふわと金の髪をきらめかせて、ぼうしをちょこりと載せた少女は、丸い瞳で、首をかしげる。
 それで、余計に悲しくなって、ひきつる喉で、またわんわんと震わせた。
 じんじんと喉が痛む。飲み込みすぎた空気で、奥がひりひりした。
 そして、彼女の言う通り。まるで怪我したときのように、のどの奥から鉄臭い血の味がじわりと湧き出てきたのだ。