道端の雑草




「神さま神さま、どうかお願いです。私を薬草に変えてください」

 紺髪の男はついと首を傾げる。
 裾にまとわりつく少女は、ぼたぼたと涙を零した。
「私は神ではない」
 突き放すのによく似た言葉。が、と男は叫びかけた少女の口より先に常と変らず言葉を並べる。
「君の願いを叶えることはできるよ」
 どうするか、と差し伸ばされた手を、少女はこくこくと何度も頷いて握りしめた。
 ひっくと引きつった喉に伴って、彼女の顔は恐怖に歪む。けれども、慄く自分を逃さないためにか、少女はより一層、男の手にしがみついた。
 ぼたぼたと落ちる涙が少女が纏う意匠の凝った絹衣に染みをつくる。
 初めての友達だと言われたの、と少女は泣きはらした顔を背の高い男に向けて喚いた。
「初めてできた友達だって」
 私はこっそり入っただけだったのに。あんまりちっちゃなお屋敷だったから覗いてみたかっただけなのに。美味しそうなリンジュがあってね。丸くてとびきり赤くって、皮の割れ目からつやつやの粒が覗いてたの。私、お腹がすいていたのよ。だって、勉強を抜け出したのがばれちゃって、前の夕の茸粥から何にも食べてなかったんだもの。私、勝手にもいで食べたの。とっても酸っぱくって食べられたものじゃなかったわ。そうしたら、ぼくにもちょうだい、って。窓から白い顔の男の子がこっちを見てたの。だから、私、もういらなくなったリンジュの残りを窓の桟に置いてやったの。それだけなのよ。
 それだけなのに、次にチナジュが彼の屋敷の庭に忍び込んだ時、ソイは白い頬を嬉しそうに高くして、「ありがとう」と言った。
「友達になってくれてありがとう」「初めて友達ができたよ」と。
 チナジュは、説明のできない言葉をわんわんと叫びに変えて泣いた。
 お願い。どこにも見つからないの。ソイを助ける薬がないの。着物も簪も私が持ってるものみんなお金に変えたわ。それで医者を引っ張ってったのに、奴は首しかふらないの。母さんも父さんもあんな何の実りのない子と関わるなって、頬をぶつだけで他は何にもしてくれない。本も全部探したの。どうして。草も花もあんなにあるのに、ひとつだってソイを治してくれない。
 紙より白く、石より冷たくなってしまったソイ。窓から朗らかな顔を覗かせるくらい身を起こせていたソイは、もう自分で首を動かすことさえままならない。ひどくもどかし気に動こうとする口は、意味のある音を伝えてはくれなくなった。
 少女は草になることを願い出る。きっとこの男には可能だと彼の手を取った瞬間、彼女は確信した。

「伝えて、ソイの病気の治し方を。私を摘み取ったら誰にだってそれが分かるように」

 それだけ叶うなら私は、必要ない人には邪険に踏まれる雑草になったって構いやしない。