「前からずっと思っていたのだけれど」

 目の前の少女は、茶杯を両手で握りしめて、問い詰めるように切り出す。そのように力を込めて、あの手は痛くならないのだろうか、とカセンは不思議に思いながら、ユンフォアの言葉を待った。
「――私、初めてここに来た日以来、カセンがお茶を飲んでいる以外に何かを口にするのを見たことがないわ」
「何か問題があるのかい?」
 彼は首を傾げる。ユンフォアは、息を呑み込み、声を失した。
 彼女は小刻みに震える手で茶杯を卓の上に置くと、転げ落ちるように椅子を降りる。
「大変だわ」と、ユンフォアは半ば青ざめながら、部屋の出口へ向かって走り出した。そのただならぬ様子に、カセンは飲みかけの茶を置くと、彼女の後に続いて部屋を出た。
 少女が目指したのは、炊事場だった。整頓されているが、台にもかまどにもうっすらと塵が積もっている。
 ユンフォアは、一見何もない炊事場を片っ端から捜索した。とうとう見つけ出したわずかな米と青菜と茸の干物、それに木の実を笊に一緒くたにする。
 あれから、既に半年は経っている。にも関わらず、炊事場は使用された形跡がない。この簡素な料理とも言えぬものをそのまま口にして飢えをしのいできたのでは、とそこまで考え至ったユンフォアはぞっとした。
「……死んでしまうわ」
 ちょうどゆったりと炊事場に現れたカセンは、物珍しそうにユンフォアが持つ鍋を眺める。
「何か、作るのかい?」
 危機感のない問いに、ユンフォアは鍋を手にしたまま、キッとカセンを振り返る。
「作るために鍋があるのよ! どうして料理しないの」
「あれは、なかなかに手間がかかるから」
「そういう問題じゃないわ! いいからカセンは、火を熾して。私は、庭で水を汲んでくるから。これじゃ、水甕の中身がいつのものかもしれないわ」
 言って、ユンフォアは鍋を手に、戸口から外へ出て行く。
 残されたカセンは、慌ただしく動き回る彼女を見送った後、かまどと向き合った。
 かまどの中は、塵が降り積もってはいるが、白い灰は残らずかきだされている。すぐ傍に手ごろな薪は見当たらない。
「本来、火とは相容れないのだけれどね」
 カセンは一人、誰にともなく苦笑しながら、かまどの床を手で擦る。瞬く間に熾った火。朱色の炎に舐められた生木が、乾燥に耐えきれずぱちりと爆ぜた。

「さぁ、召し上がれ」

 どん、と置かれた粥入りの椀を前に、カセンは匙をとった。
 元々自分には水と日光さえあれば命を失することはない、とか、こういった食事はただの嗜好品でしかない、などとは今更言い出せぬ雰囲気である。
 まぁ、食べられることは食べられるのだから、これも一興であろう、とカセンは匙を粥へ差し入れた。
 柔らかいばかりに見える粥は、匙を通すと意外ととろみがある。
 口に入れると、青菜の控えめな味に、茸の芳醇さがよく交りあっていた。
「ど、どう?」
 ユンフォアは、向かいからおずおずと問いかけてくる。
「良い味だね」
 カセンが率直に感想を述べると、彼女は安堵に満ちた顔で頬を緩める。
「火を通した方が、いろんな味が出せておいしいのよ」
「そのようだね」
「だから、面倒でも料理はしなくちゃだめよ。適当にそこらの青菜を食べているだけだと、カセンはそのうちきっと倒れちゃうんだから。いい? 全部食べてしまうのよ。明日は他にも何か持ってくるわ。だって、あそこ、何にもないんだもの」
 呆れちゃった、とユンフォアは嬉しそうに笑いながら、言う。
 カセンは、後で食材の仕入れを頼んでおかなければ、と頭に止めて、もう一匙粥を掬った。