水面 様



帝国に程近い町。その片隅ではしゃぐ子供。一人は盗賊を真似て木の枝を振り回し、二人は騎士と皇女を演じている。
そのうち彼らは小さな演劇に飽きたのか木陰に寝転んだ。少女が微睡むと少年らは耳打ちをした。

「なあ、ジャグ。お前さ、アローザのこと好きって本当か?」
瞬時にジャグが紅潮すれば、くすくすとフィオルは笑う。
「だって・・・大人も皆かわいいって言ってるじゃんか。好きになるだろ」
「うん。そうだよな。おれも好きだもん」
えぇッッと驚愕の声を上げようとしたが両手で口を押さえた。急に自分の秘密を暴かれ、ついでのように全く同じ告白をされる。思わず口を開けっ放しにしていれば酸素の足りない魚になった気分だった。

「じ、じゃあ、競争な。おれとフィオル、どっちが早く好きになってもらえるか」
「いいよ。でもさ」
自分の手許に視線を移す。その先にはそれぞれの手があって。
「どっちかが先になっても、ずっと三人、一緒にいよう」
上半身を起こしていたジャグは少し噴き出すと、当たり前じゃん、と笑った。
微睡みから目覚めた少女は笑う二人に問い掛ける。何でもないと返すだけ。頬を膨らませる少女の手を片方ずつ少年が取る。

そして湖の方へと走り出した。

きらきらと陽光を返す湖面は磨かれた鏡のようで、いつも彼らの心を惹く。
浅瀬でじゃれあっていた。ジャグは何かを思い出したのか、口を開いた。
「そういえば、知ってるか?皇女様は歌姫なんだって」
「今の?」
少女が首を傾ぐと首を横に振って否定した。
「ずーっとそうなんだって。おれの祖父ちゃん、歴史好きで言ってたんだよ」
「じゃあ、アローザも皇女様になれるかな」
「わたし?なれないよ。だってキレイじゃないもん」
満更嫌という顔をせず、赤らめた頬を覆う姿は二人にとって皇女以上に美しく思えた。

「アローザ、歌ってよ」
それが二人の少年の、どちらが言ったのかは覚えていない。ただ、微笑んで少女はそれを受け入れた。

湖を舞台に謡う、小さな歌姫。
曇りなき温もりと共に、空へと混じっていった。

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