水面 様



歴史のインクにすれば点にも満たない出来事。
けれど。
彼らには遙か遠く、昔々の出来事。


* * * * * 

―――初春の風は暖かく冷たい。雪中から這い出たばかりの草は、風を青く染め、流れる。



少女は駆ける。銀糸の髪、翡翠の瞳。息を切らし坂道を蹴り、転がるように小川を目指す。
小川、と言っても嵐が来ようと子供の膝下程度の水かさにしかならない。下ろしたてのワンピースが濡れるのも構わず、走る。
荒れ放題の草叢を掻き分けると、眼前には青々とした草原が広がる。

少女は、呼ぶ。二つの名を。此処に居るのは、分かっているのだから。
しかし、返事はない。
近頃、二人の様子はおかしかった。隠しごとは多くなり、少女を見ると慌てて逃げ出すこともある。自分を嫌いになったのだろうか。そんな考えが過ぎる。それでも、少女は秘密の小屋で二人を待った。

陽は傾き、野鳥が家路を急ぐ。少女は独りきり。少し、泣いた。俯いて小屋を出た。

古くなり、軋む扉を開けた時。少女は目を瞠る。
入口から大樹の後ろまで延びる花の道。両脇の花を踏まないよう、気をつけながら一歩ずつ歩く。大樹の後ろまで回り込んだ。

頭上からふわりと、何かが舞い散る。

数瞬戸惑い、それが木蓮の花弁であることに気づく。見上げれば琥珀と黒曜石が少女を見つめていた。
銀糸翡翠と月色琥珀、金砂黒曜。
その視線は少年等が降りてくることによって同じ高さとなる。月は紅(アカ)の花束を、金は蒼(アオ)の花冠を少女に手渡す。嬉しそうに花を抱く少女が礼を述べかけると一方が手で制した。そして二人は膝を折る。




「「我らレギヌ神の傀儡、騎士となり、貴女の守人と為る。今此処に誓わん」」


「ジャグ・・・フィオル・・・・」


「「誕生日おめでとう、アローザ」」




* * * * * 



三つの影は繋がり、温かな歪を形成する。


一方は全てを捨て、誓いを果たした。
一方は己を押し殺し、誓いを破った。


はたして、どちらが正しく、どちらが間違いだったのだろう。

ただ、歪な影はもう無い。


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