水面 様


鬱蒼とした森を騎兵が駆け抜ける。
後方の俄か兵は森中の湿度に倦怠感を覚える。貼り付いてくる隊服を指で摘まんで引き剥がすと、自分と同様に急遽兵になった同士に声を掛けた。
「こんな広い森の中、たった一人の為に何で人数が必要なんだか・・・」
「お偉いさんの考えなんか、僕が知るかよ。すぐに終わると思ったら真夜中になっちゃうとは」
夜空を見上げてため息を吐く。するとため息とほぼ同時に怒声が放たれた。
「後ろ!私語は慎め!」
「「はっ!」」
威勢がいいのは実のところ声だけで向こうからは見えないだろうと二人の兵はだらけていた。
「気をつけろよ〜?うちの隊長厳しいぜ?」
ジャグはニヤケながら小声で話す。
「し、失礼しました!ジャグ副隊長」
びくりと謝罪を入れれば口元に指を一本立て、静かに。といった動きをする。
俄か兵が訝しげにジャグを見ればククッと喉元で笑う。本当にこれが副隊長なのか、と内心疑問符を浮かべるものの事実であるから不思議である。
「探してるヤツはな、王族殺しをした。が、罪を犯すような男じゃない。正義感で言えば群を抜いて強かった。・・・ま、それ故、なのかもな」
相変わらず陽気に見えるが、目と声音は笑っていない。
「・・・今日は、月が奇麗だ。フィオルと同じ色」
目線を手綱に戻すと二人に独り言だと思っとけ。そう言ってもう一度笑った。


* * * * * 


月の如く光を反射する髪。ほんの少し息を切らし森の端から町を見下ろす。
隊服は血に塗れ、剣の柄を握る手も同様に血で汚れていた。
目を瞑り、木の幹に凭れ、人を待っていた。
「フィオル?どこ?」
掠れた女の声が夜に響く。不安そうに呼ぶ声は昔と何一つ変わらない。
「待ってた。アローザ」
アローザと呼ばれた女は見慣れた男の姿を視界に入れると驚愕した。しかし、声は出なかった。恐怖ではない。ぴったりと合ってしまった辻褄に言葉が出なかった。
「第一次期王を殺したのは・・・暗殺、よね?」
「違う。俺が殺した」
「―――!!」
伝えるべき音が出てこない。話すべきことは山積みなのに。
「アローザ、お前はこれから俺を憲兵に引き渡すんだ。そして懸賞金を貰え。そうすれば何もかもうまくいく」
「何が・・・うまくいくの?私はこんなこと、望んでない。私はただ・・・」
「どっちにしろアレは王の器じゃなかった。お前の所為じゃない」
「私が、私が後宮に連行されたからでしょ?大丈夫って、言ったじゃない。なのに、フィオルはいつも勝手に」
呼吸が乱れて話しづらい。まだ話さなければいけないことは沢山ある。けれど、フィオルは歩みを止めない。
「金はカルナおばさんに使ってやれ。重篤だと聞いた」
「ねぇ、待って。待ってよ」
「第二次期王は頭の回る人間だ。悪くはない」
どんなに言葉を尽くせどアローザの声はフィオルに届かない。自然、彼女の瞳からは涙が落ちていく。



フィオルは壊れてしまった。顔は笑みで固定され、友と地位を失い、名誉は侮蔑に変わり、自我は消え果てた。








王族殺しは国内のみに留められ、揉み消された。
月色の髪をした青年がどうなったかなど、この国に知る者はいない。


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