水面 様


終業を知らせる鐘が鳴る。待っていたかのように教室を飛び出す彼女を目で追った。
のんびりとした足取りで追い付けば、すでにクレープ屋の長蛇に混ざっている。違う店でコーヒーを注文し、彼女を待った。



「・・・・でさ、次の週行こうと思うんだけど、って聞いてる?」
「ん、あぁ聞いてるよ」
彼女はどこか腑に落ちない貌で手の上の糖分をほおばった。
正直言って、どこの誰と、いつ何処に行こうが、どうでもいい。キンキンと甲高い声もあまり好きじゃない。派手な顔に、地味な身体。いつもメイクばかり気にして。
こうして俺は禅問答を繰り返す。この女の、どこがいいのだ、と。
鏡をよく見ても俺たちは非常に不釣り合いだとよく言われる。
軽い女に振り回されているようにも見える。
けれど、離せないのだ。彼女を。


どこかに行こうと、持ちかけたのは俺だった。
本当にどんな場所でもよくて。時間も気にしないで。眠たげな彼女を連れて、オートバイで海に向かった。
眠気を吹き飛ばした彼女は楽しそうにはしゃぐ。白い波に合わせて、寄せては返して。
小波の音が心地良くて、俺は怖くなった。はっきりとした理由はない。ただ、それを感じ取ったように振り向いた彼女は不思議と綺麗に思えた。



* * * * *


海に行こうと、言いだしたのは彼女だった。
春の終わり、賑やかなキャンパスを抜け、葉桜になった街路樹を見上げて、そう言った。
いつか行った時のフラッシュバックのように、二人乗りしたバイクで、走る。


人もまばらな海は静かで、数人のサーファーが気持ちよさ気に泳いでいた。
大きな伸びを一つして、彼女は海へ走った。
俺はただバイクに凭れ、生温い風に吹かれていた。
少し遊び疲れた子供のように、戻ってきた彼女は自分のバックを漁った。宝物を見つけた時のような、やはり子供っぽい笑みを見せると、小さな箱を俺に寄越した。
指輪だった。
内側に互いの名前が刻んである。そのせいか少し古い印象を受けた。派手なくせに、こういう所は古風だと思う。
「・・・モテるからさ、先行予約、かな」
「十倍返しとか、言わないよな、バレンタインみたいに」
気恥ずかしさと相まって笑いの堤防が崩れたらしい。ひたすら笑っている。


なるほど、と思った。
振り回される理由も、離せない理由も、怖がった理由も。
だからこそ、彼女が憎い。許せないほどに。いや、一生憎むことになるだろう。笑いたい奴は笑え。
宣言する。俺は彼女を許さない。 ―――すべての理由は愛するが故。

連絡先

Copyright(c)みんなで100題チャレンジ!企画 2010- Some Rights Reserved.