miz 様



目の前に座っている人が知らない人に見えた。
知らない人じゃ、ないのに。
どうしてか知らない人に見えるのだ。
素晴らしい絵画を鑑賞するようにふたりを眺めた。

―――そうか。隣にいるのがオレじゃないからか。

いや、違う。
そんなことではない気がする。

もうずっと前に注文したコーヒーが今頃になって運ばれて来た。
店員は彼女を心配そうに見つめながらオレの前にコーヒーを置いた。
オレの恋人だった人が俯きながら涙を零しているからだ。
机に滴り落ちている。
運ばれて来たコーヒーのようだ。
コーヒーが入ったグラスにも水滴が滴っていた。

―――泣いている

そう頭では気づいていたのだが体がちっとも動かなかった。
彼女の隣にいた知らない男がどこからかハンカチを取りだし彼女の手に握らせた。

―――ハンカチ・・・

探そうにもオレは持っていない。
ずっと前に大喧嘩をし彼女が泣いたときもハンカチなんか持ち合わせていなかった。
「ああ、もう!」とめんどくさそうに頭を掻いて制服の裾で彼女の頬をごしごしと拭いたのだ。
彼女は「痛い」とお世辞にも可愛いとは言い難い曲がった顔で笑った。
だけどそんな顔も愛しいと思ってた。

オレのために流す涙。
オレのための笑顔。

それなのに。
彼女は忘れてしまったかのように隣の男からハンカチを受け取り、目元を拭った。
女らしくてやはり彼女はキレイだ。

―――元々オレと吊り合わなかったのだ。

考えたくもない言葉が脳裏に浮かぶ。
何度も何度も打ち消すがどうしようもなく何度も浮かんだ。

「ごめんな、梅田くん・・・」

彼女がもう何度目かも分からない「ごめん」を口にした。
隣にいる男は彼女がその言葉を口にする度、オレを見つめた。
自分よりもガキで頼りない男を見て嘲笑っているのだろうか。
年下で背が低く髪もバカみたいに明るく染めていて碌でもない子供だ。
どう見ても自分のほうがいい男だと、そう思っているのだろうか。

・・・そういうつまらないことを考えている時点でオレは負けでガキなのだ。
そんなことにも疾うに気づいている。
オレよりも背が高く落ち着いていて社会的にも認められそうなこの男と彼女はオレなんかよりもずっとずっと吊り合っている。
誰がどうみても「いい恋人やな」と言われるほどお似合いなのだ。
だけどオレは「お似合いやん」と冗談でも言って見送れる大きな人間ではないし「わかった」と潔く下がれるいい男でもなかった。
ただの17のガキなのだ。

「フザけんな!ボケ!!誰やねん!?こいつ!」

机を叩きその勢いで立ち上がった。
彼女はびくっと体を揺らし肩が小刻みに震えた。
相変わらず彼女は俯いたままオレの顔を一切見ようとしなかった。
彼女から視線を逸らそうとしたとき、机の下で知らない人たちは手をしっかりと握り合っていた。

―――ああ、ダメだ。

固く握られているようで彼女の細い指が白く色を変えていた。
オレがここで何をいくら吠えようと彼女はオレを絶対に見ない。
もうこの男しか見えていないのだ。
この人たちが店に入って来たときから分かっていたはずだ。
それなのにまだ小さな期待をしてたのだ。オレは。
そのことにようやく気づき、立ち去ろうとした。

「梅田くん」

聞き慣れない声で呼ばれ振り返ると知らない男は彼女の手を握ったままオレを見上げていた。

「彼女、妊娠してるねん。」







店を出るとき会計のことは少し気になったが知らない男に任せることにした。
350円。
それが尻軽女の値段だと思ったら少しは笑えた。

「うーめーだー」

後ろから聞こえる声の主の存在には気がついていた。
店を出たときからオレを追いかけて来ていたのだ。
だけど振り返らなかった。
彼女に呼び出された店に入ったときに違和感を感じた。

―――難波がいる。

「よう」と軽く手を上げ偶然を装っていたが今思えば難波はこのことに気づいていたのだろう。
だから態々オレを待ち伏せして今も追いかけて来ているのだ。
難波は他人の気持ちがよく分かるヤツだった。
他人がそうして欲しいだろうという言葉や行動を自然に出来るヤツだ。

「うーめーちゃん」

ずっと返事をせずに歩いていると、腕を掴まれた。
だが前を見たまま決して振り向かなかった。
必死になって大声を張り恥をかいた上に知らない男に自分の恋人を寝盗られたのだ。
男ならこんな惨めでカッコ悪いところなんか誰にも見られたくない。
色んなことが頭を駆けめぐり考えていると、ぽんと頭の上に難波の大きな手がのった。
突然のことで反射的に難波のほうを振り向いてしまった。
すると難波はいつもの優しい笑顔で髪を撫で始めた。

「なっ何すんねん」
「俺は梅ちゃんのほうがいいと思うな」
「はっ・・・・・・」
「梅ちゃんのほうが、男前やし一緒にいて楽しいし、」

難波はそのままオレのいいところをいくつも挙げていった。
その度に指が何本も折れていく。
オレが気づかない些細なところまでたくさんたくさん。
惨めなオレを打ち消すように。

「うっ・・・ぅう」

熱い涙が零れ落ちていく。
難波は「梅ちゃん」とまた優しい声でオレを呼び、そっと肩に手を回した。
「俺の胸でよければ貸したげる」と耳元で囁いた。

「あいつら、ころしてやりたい・・・ ひっくっ」
「・・・・・・でもな、俺を呼んだの彼女やねん。」
「はっ・・・なんで・・・」
「詳しいことは聞かんかったけど、きっと梅ちゃんが寂しい想いするからって。」
「なんやねん。それぇ・・・」
「あの子なりの優しさちゃう?」
「いらんっ」

そんなもの、そんなものいらない。
オレがほしいのはそんなものじゃない。
彼女のそんな優しさも憎くて憎くてたまらない。
難波の背中に手を回し彼の制服をぐしゃぐしゃにして行く宛のない怒りを抑えた。

連絡先

Copyright(c)みんなで100題チャレンジ!企画 2010- Some Rights Reserved.