水面 様




―――いらっしゃい。え、ここは何屋かって?見ての通り下駄屋だよ。あぁ、鼻緒を直しに来たのかい?何でわかるかって、そりゃあ長年やってきた道だからなあ。
初見の客だ。今回はタダにしてやろう。次回は無しだぜ?直す間、上がってきな。茶くらいは出そう。
そうだ、お嬢ちゃん、少しお噺聴いてかねえか?なあに、ただのうわさ話だ。丁度嬢ちゃんと同じ境遇の奴の出来ごとだ。鼻緒が取れかけちまってた。


―――そいつは顔以外取り柄のない妖怪だった。何が出来ると言えば紙切れ一枚、ほんの少し離れたところから切れるだけ。
妖怪は何を喰らうか知ってるか?人間の精気を喰らう。どんな餓鬼妖怪でも出来ることだが、人間に隙がなきゃぁ出来る芸当じゃねえ。
そしてそいつは考えた。
着物を纏って醜い体を隠し、色女の顔だけ覗かせ、町を歩いた。
ここまで来ればわかるだろう。え?わからない?仕方ねえなあ。最後まできちっと聞いとけよ?


―――妖怪は町を行く。そして、血気盛んで美味そうな若者を見つける。そして、何の役にも立たぬと思っていた鎌鼬を草履に浴びせた。
突然の事によろめく若者。すかさず、妖怪はぶつかる。
猫撫声でこう言うのさ。
「あぁ、驚いた。どういたしましたか?」
すると若者。女の顔に惹かれ紅潮しつつこう返す。
「いや、鼻緒が切れただけだ。ぶつかって悪かった」
もう一度、女。
「そうでしたか。では、私の神社で直して致しましょうか?とは言っても、古ぼけた神社ですが・・・」
躊躇いを若者は見せる。だが、女のひと押しで答えをはっきり出す。
「一人では、大きな屋敷は余ってしまうのです」
若者は言う。
「それでは、お言葉に甘えて」
さあ、噺も終わりが見えてきた。下駄も、もう少しで直るからな。


―――それはそれは大きな神社だった。しかし、もう使われているようには見えない。
困惑しながらも若者、足を踏み入れる。
妖怪は言う。
「上がってくださいな。あなたが茶を飲んでるうちに直します」
素直に返事をし、若者は茶の間にあがる。
茶をすするとじわりと睡魔が襲って来る。
さあ、飯の時間だ。
誰かがそう言ったのだがわかる頃にはもう遅く。妖怪に精気をすすられていたとさ。


―――どうだい?面白かったかい?そうか、そりゃあ良かった。下駄も合うようだな。よしよし。ああ、今の噺だがなあ。実話があるんだ。あまり噺は変わらねえが、役者が違う。
妖怪は色女じゃなく下駄屋の醜男だってね。

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