ソラノムクロ 様



 絶対的な価値観の元に、小戦力的な正義はもみ消される。
 答弁ばかりが雄弁で隙も無い弾丸は、自動回転式のマシンガンの様に乱射され続ける。
 誰が片手をあげれば止まる?
 矛も楯も持たない私に、その弾は容赦なく浴びせられた。

 イタイ

 傷つくのは心だ。

 イタイ

 傷つくのは心だ。

 砲撃をまともに食らい、泣きそうなほど重症の私。
 泣いちゃダメ。泣いちゃ負け。
 勝つには皮肉に笑って、相手の足元を合理で固めた意見ですくってこかして、そして隠し持ったナイフで確実にトドメを刺さなきゃ。
 その為には泣いちゃダメ。
 私の心がいくら血を流しても、涙は流さない。
 多勢に無勢でも、地位的に弱くても、一人ぼっちでも、しっかり立って、自分を信じて、相手の目を見据えて、決して逸らさないで、睨みつけるでもなく嘲笑うのでもなく、勝つのは私だと大見えを切って、相手を不安にさせて、相手を疑心にさせて、完膚なきまでに傷めつけなくても良い、トドメを刺すその完全な刃だけで良い、それ以上の弾丸なんて相手に説いて聞かせるだけ勿体無い!
 奴らは自分たちの意見が絶対的に正しくて、それ以外は何が困っていようと関係ないのだ。
 自分たちの優位だけを、自分たちだけの懐だけを気にして、それ以外には興味が無いのだ。
 その興味の無い、見下した存在で世界が回っていて、それらのおかげで税収が入り、奴らが運営出来ているというのに、大きな箱庭を作ってやったから、それを運営してやってるからと大きな顔をしているのはお門違いだ。
 どんな小さなコミュニティーでも、下を見ない者に繁栄は無い。
 頭ばかりでかくても、心が無ければロボットの方がまだ扱いやすい。
 思考は何時だってクリアに、心頭は常に滅却。
 どんな事を言われても、傷ついた心は相手には見えない。
 見えないからこそ攻撃は泣くまで止まないが、私には泣くつもりは全くない。
 弾丸を吐きだすだけの厚化粧に、私は屈しない。
 相手に付け入る隙を与えない為に、言葉に逆上したりしない。感情を表せば引き込まれる。
 私の様な小市民は後ろ盾のある権力者には滅法弱い立場だから、相手と同じ戦法を取って感情を引きだして暴走させては意味が無い。奴らはその戦法で持って、人間らしさを逆手にとって攻め入り、自滅を誘い、心を叩きつぶし、その屍を踏みつけ、後続の弱き者共を委縮させる。
 その絶対的な暴力を鎮圧できる私たちの唯一の武器は、論理のナイフだけだ。
 感情を捨て、理詰めで言葉を吐き、研ぎ澄まされた揺るがない実証のひと振りを相手の心臓につき立てて停止させる。
 沢山の弾丸は用意できないが、そのナイフを磨く為に尽力を惜しまない陰日向の道志は大勢いる。
 磨いて、磨いて、磨き続けて、鋭い切れ味を持ったそのひと振りを懐に隠し、戦争へと赴くのだ。

 決して屈しない。

 凛と胸を張った。
 きっと顎を引いて、優雅に笑うんだ。
 アナタハマチガッテイマスヨ
 ソレハオカシイト、コドモデモワカリマスヨ
 現実的な返答を相手は期待していない。現実的な回答を相手は用意していない。
 聞き分けの悪い子供を叩いてでも言う事を聞かせる様に、間違った方針で進んで行くのが世界なら、私はその子供をかばって叩かれ、相手を睨みつけよう。
 そうしてその子がひと振りのナイフになるなら、私の心は傷ついてもまた笑える。

 イタクナイ
 イタクナイ
 イタクナイ

 皮肉に笑って相手の会話を聞いて、その矛盾点を心にメモする。
 反撃は一度だ。
 たった一度のチャンスしかない。
 全て洩らすことなく反撃の材料になりえる。
 相手が弾丸を出し切り、再装填するまでがチャンスだ。
 ひたすらそのチャンスを待つ。
 時々後方支援が「そうでしょうか?」「ほんとうにそう思われますか?」と援護射撃をしてくれる。
 彼らは小さな拳銃を手に、私が倒されてしまわない様に的確に相手の足元を射抜いて行く。
 援護射撃が決して相手を暴走させない様に、威嚇射撃に留めて、そして私が泣きたくなりそうな弾丸を受けそうになると、その誰かが身代わりになって被弾してくれる。
 私はしっかり立たなければならない。
 彼らの援護を無駄にしない為に。
 そして、束になって分厚い辞書も叶わない様な大量の署名を提示するのだ。
 その為にたった一度のチャンスを見逃せない。

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 世界が揺らいだ夏。
 この国を仕切っていた政治家が全て、一人の人間の下に意識を統一され、再構成された。
 絶対的な権力を持ってこの国に君臨したその人間は、自分の価値観にそぐわない者を容赦なく切り捨て、息のかかった人間で穴埋めし、法律を書き換え、国民を黙らせ、法の下で奴隷化した。
 全ての人間が法律の下で平等になり、法律を作り上げるその一握りの人間を政治家とは呼ばずに「法皇族」と呼び、まるで神で在るかの如く位置付け、法皇族は法の上に立った。
 法皇族の頂点は「皇帝」と呼ばれ、王様の様な権限で持って自己の良い様にこの国を改革した。

 慎ましやかで強かだった我が国は、それまで培ってきた歴史や文化を業火の中で焼かれ、飢えで死ぬものが出ない代りに自由を追求出来ない国になってしまった。

 教育では「皇帝」が全てだと教えられ、歯向かうという事がいかに愚かか、そして末路が如何に惨めかという事が永遠と国民性に刻まれた。
 毎日を黙々と過ごしてさえいれば、生きていく事は出来る。
 国民は回り続けるだけの生きた歯車。
 年齢、性別、その他の健康条件によって得られる給料は同条件者同士一律で、秀でた才能も愚鈍な厄介者も差別はされなかった。
 生まれた時から就職先が決まっており、好きも嫌いも関係なく働かされた。
 全ての事業が国有で、給料も補償も全て国から支払われた。
 生活の全てが国の管理下に置かれ、最初は反対していた人間も今では一人、二人と数が減りつつある。
 価値観がそぐわないと闇で処分されるぞ。と誰もが陰口を言った。
 借金で首が回らない、就職先も決まらずニート、老後の年金問題など様々な問題が表面上は解決した。
 そして、二種類の国民性が生まれた。
 一つは、皇帝の企み通り「皇帝に忠実」な国民。
 もう一つは、皇帝の価値観にそぐわないとされる「皇帝に反逆的」な国民。
 人間の個性を考えると、反発的な人間はいつどこにでも花を咲かせる。
 彼らは皇帝の監視を逃れる為ネットワークを駆使し、あらゆる網を広げ、対立的な組織を作り上げた。
 力は法律の前に及ばないが、クーデターを何度も起こし、法皇族と衝突し、世間を賑わせた。
 世間が賑わうという事は、隠ぺいできない事実が浮き彫りになるという事でもある。
 この国の中に、皇帝と相対する存在がいるという事はもみ消そうとしてももみ消せず、前国民の知る事となった。
 名前も無い彼らは「反皇」を掲げ、あらゆる法的機関を攻撃した。
 勿論、報道ではこれらは悪として取り上げられ「何故平和なこの国でこんな野蛮な事をするのか」「法の尊さを解かっていない」と高級なスーツに身を固めて、禿げた頭と贅肉が詰まった腹を揺らしながらどこかの偉い大学の偉い教授が連日テレビにて熱弁して世間の関心をさらった。
 報道を見て「反皇」の意思を固めた国民がいるとは考えないのだろうか?
 一時期過激さを増した「反皇」の攻撃は、しかし、歴史に語られる事は無く、しばらくして自然消滅した。
 都市伝説には「皇帝」に捉えられたや、全員でもっと良い国に旅立った、などと尾ひれがたくさんついて囁かれたが、真偽は定かではない。
 かくして、この国はとても平和になったのでした。

 「何が平和だ」と私は思っていた。
 今までこのシステムに何の疑問を抱かなかったし、抱く余地も無かったけれど、初めて自分で働くようになって、給料をもらうようになって、自分で物事を考えるようになって、喉の奥に何かが引っ掛かった。
 誰も何も言わなかったし、特に何も思っていないようだったけれど、私たちの給料明細は異常だった。
 給料の三分の二は国税だったのだから。

 ほとんどの国民は、年始に一度給料額を確認する以外は明細を見ない。
 それは、国のシステム上給料支給額が一定だからだ。
 毎月決まって同じ金額が振り込まれ、勤務時間も一定。残業も無い。あったとしたら、それは個人的ミスによる個人的な居残りぐらいだ。
 だから、明細を発行するかしないかを選ぶ事が出来る。
 その日は私の初めての給料日だったから、記念になるようにとわざわざ明細を発行してもらった。
 受付のお姉さんは「気持ち分かります」と言って微笑んで、すぐに登録された私の社員ナンバーから明細を発行してくれた。
 家に帰って、まるで宝箱を開けるかのようにその明細を見て、支給額に「これで好きなもの買えるようになるっ!」と心が弾み、差し引きの金額を見て唖然とした。
 保険や保証、税金…その他国に支払うほにゃらら税というのが十項目程、上下に並び、それらの合計は支給額を遥かに上回っていた。
「なにっ…これ…。どうして私の給料からこんなに差っ引かれてるわけ?」
 それが今までこの国にお世話になって来たんだから当たり前だとは思えなかった。
 この支給額をもらえる事は勿論事前に知っていた。私の年齢と性別、身体的条件、初任給で在る事で、周りの同じ条件の人と違わずに、必ずこの金額をもらえると。
 前のこの国では、初任給でこれだけもらえるなんて仕事はあまり無かったと聞く。それでも残業は毎日の様にあり、その殆どがお金にもならないサービス残業だったとも習った。だから、これだけもらえるなら何て良い世の中になったもんだと、学生時代に友だちと言っていたのを思い出す。
 その感想は今でも変わらない。 
 けれど、何かが喉に刺さったまま…言い知れない感情を抱えてしまった。
 思えばこれが「反皇」への入隊の第一歩だったのかもしれない。
 けれどその時はそれが何なのかはすぐに気付く事は出来なくて、月日だけが経ってしまった。

********

 そんな紆余曲折を経て、私は立派に「反皇」している。
 戦いは武力だけでは無い。
 演説会場に殴りこみ、その壇上を取り上げるのも私たちの戦争だ。
 そしてその逆も然り。
 いかにもと国は正義を主張し、その正義のエゴは私たちの身を滅ぼすと反皇は反旗を翻す。
 弁論者を黙らせれば勝ち。
 その勝ち以外は認められない。

「そして、世界的に見てもこの国の様に統率されて、尚、国民も豊かな国はありません!これはひとえに皇帝のおかげと言えるでしょう!」
 法皇族の地方係の厚化粧が最後のスロットまで撃ち切ったと、すがすがしい顔で民衆に同意を求める。
 これがチャンスだ!
 私は見逃さない。

「それは違います!」
 
 大きな声で胸を張って、そして私のナイフが厚化粧へとキラめいた。
 戦闘開始だ!

 自由の為に、私たちは戦う。
 この国を皇帝の好きには絶対させない!


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