水面 様



案外あっさり終わってしまった卒業式。或留(アル)は正装のまま待ち合わせ場所に向かうとすでに風斗(カゼト)の姿があった。一年先に大学を出た風斗はアイスコーヒーの氷を突っつきながら或留を見ていた。
「社会人とは思えないほどのぺったんだな!相も変わらず」
「ぺったんゆーな!そのぺったんと付き合ってんのはどこの馬鹿だ」
ほほぉー、と皮肉げに笑うと或留の片頬を抓った。
「学校の教師に向かって馬鹿だと?というかこの俺に?さっさと就職しろ、フリーター」
片頬を押さえながら「コイツ今の不況をナメてやがる」と思った。

昨今の不況の寒波に飲まれ、或留も就職難に陥っていた。
優々主席で卒業、恩師のコネで職についた俺様ヤローとは違うのだ。と心の中で毒づく。
「どうせ俺の頭脳を妬んでるであろう頭は放っといて。ドライブでも行くか?」
妬む事など一切ないとねめつけても、しらっとした顔で無視される。
しかし、ドライブなどと言われても或留は彼が車など持っていないと知っている。なので思い当たる節も無い。
「知り合いから譲ってもらったんだよ。持つべき物は金持ちの友人だな」
或留が言うべきは二つ。人の心を読むな。そして、なんかムカつく。

助手席に乗って思ったこと。
風斗がマニュアルで運転出来ること。今日はクロスのブレスレットをしていること。横顔は左から見た方が良いこと。
わずかに開けられた窓から風が侵入する。その風は或留の髪をやわくなぶり、眠たげな優しさをもたらした。

何もない、本当に何も。話をする訳でも、カーステレオが掛ってる訳でもない。ただ、こうして過ぎゆく時間が、代え難く愛おしかった。
羞恥で口になど出来ない。出来なくていい。理解など等にしている。きっと互いに。


* * * * *


雪が、降る。
薄めた墨汁を広げたような空は落ちて行きそうで、不安になる。
今年のクリスマスは風斗の家で祝うことになった。
まぁ祝うも何も、クリスチャンではないのだが。
フライドチキンを買いに行った風斗を待つ最中、スープと軽食を用意する。


ケーキをフォークで弄りながら、今年もこのまったりとしたクリスマスが終わるのだなぁと思うと少しばかり寂しくなった。


食器を洗っていたとき、背後から抱きすくめられた。
「・・・どうしたの?先生?」
こうしてからかえば、照れを隠すように俯くのを知っている。教師である事を自慢しながらも、恋人に呼ばれるのはこそばゆいらしい。

改めてテーブルに着くとどちらからともなくプレゼントを出し合う。
「ま、こういうのが無難かなって。ペアリング。はい、どーぞ」
「無難だな。無難過ぎる。つまらないぞ」
じゃあ何を出せばよかったのか。そう問いたくて口を開こうとした途端。一枚の紙がぽいっと投げられた。
「ほれ、椅子のプレゼントだ」
「・・・椅子?何言って―――」
或留の顔は数秒間止まることとなった。
「俺の隣りに座る椅子を、くれてやる」
そう言って、風斗はすでに書き込まれた婚姻届を出した。

「・・・ありがと。風斗のこと、大好きだから」
「は?ぼそぼそ言ってて聞こえねーな。ワンモア」
「なっ・・・!付け上がってんじゃないわよ!この馬―――!!」


塞がれた唇に体温が伝う。
色彩を纏う沈黙が。水分を帯びた皮膚が。儚く甘美な眠りが。たゆたく、ゆらぐこの静寂を満たすのだろう。

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