ソラノムクロ 様
失ってから気付く価値の多い世界ですが、それでもその価値が尊いと思えるなら…僕は決して、人間って奴はどうしようも無い奴ばっかりだとは思わない。
独りよがりの人生だと言われようと、独りよがりの人生だろうと、自分の生きた道ならば誰に後ろ指さされたって良いじゃないか?
笑顔こそ偽りだったけれど、それでも笑っていられる強がりを愛おしく感じられる人生を、僕はこの先歩いて行くだろう。
だから、君達は一度泣いた方がいいよ。
十年。
これを長いと考えるか短いと考えるかは、生きてきた密度によって違う。
彼女の場合は「長い愛だった」と夢から醒めるように答えたが、どこまで本気かは解からない。
人間同士の付き合いとは奇なるもので、最初は同じクラブに所属するだけの他人だった三人が、会うたびに会話が増え、友情が芽生え、クラブ以外でも会って話す機会が増えていった。までは普通だったが、僕を除く二人はその友情すら通り越して情愛に発展し、愛情がまぶしい関係にまでなってしまったのだから、運命だのなんだのって言葉もあながち嘘ではない様な気さえする。
そうなると、三人で一つの塊だったのが、一人+二人の塊に変わる。互いに遠慮の無い友情関係だったとしても、気を使うのが親しき仲にもなんちゃららというやつである。
バラバラだった人間が出会い、そして塊り、そしてまた分裂する。
人間同士の付き合いとは奇なるもので、遠慮という美意識が心のもやもやを増やしてストレス化し、僕は一人が楽だと意地を張らざるをえなかった。
一人最高!
一人万歳!
って、淋しすぎるぜ、このヤロ。
クラブ以外では顔すら合わせない、合わさない様に気を使って、クラブでもなるべく二人の邪魔にならない様に、けれども距離を取り過ぎない様に気を使って、たまに誘われたら誘われたで、「全然気にしてませんよ?」を装って…これって付き合ってる当人達より僕の方が頑張ってないか?と思わなくも無かった。思った。
それでも、そんな二人の仲が羨ましかったかと聞かれるとそうでもなかった。
単純に嬉しかった。
愛なんて煙草と同じ。依存性がつよくて金がかかるだけ。環境にも悪い。
そんな僕の考えを笑って彼らはこう言った。
「馬鹿野郎!愛を煙草と一緒にすんな!愛はポイ捨てなんて出来ないんだぞ!」
なるほど。
そう思った。
けれど、時間が煙草の火を消すように、その愛の火も自身の手によって消される日が来てしまった。
彼らの愛にどんな障害があったかなんて解からないが、一度消えた灯を再び灯す事は出来なかった様だ。
僕はずっと、呆然と立ち尽くす彼女の隣で同じように呆然と立って居るしかできなかった。
彼が立ち去るまでずっと。
気の利いた言葉を掛けて、慰めて、あわよくば彼女を自分のものにしても良かったのかもしれないが、そうする事で得られるものが僕は恐かったから、ただ立っていた。
誰も何も言わずに立っているだけだった。
しばらくして、彼女は言った。
「結局、ポイ捨てされちゃったね。」
そして、笑った。
「結局の所、私たち無理しすぎてた。恋愛って恐ろしいね!周りが見えなくなる。自分たちの世界って壁を作って、その中で自分達の愛だけで生きている気になっちゃう。だけど、そうじゃなかった。その世界が一つ一つ綻び始める度に気づかされる。目隠しの裏側にあった現実を。」
「金銭的な事?」
「それもある。人生って短いけれど、生きている人間にとっては死にたいぐらい長いじゃない?その長い時間を共有し続けられるほどの情熱の燃やし方を私たちは知らなかった。終わりがある事を認め無くなかった。だから必死で好きなふりをしてた。」
「いつから?」
「君が三人で出かけてくれなくなった頃あるじゃない?」
「うん。」
「最初は二人っきりで出かけられて、それで満足だったけど、クラブで君と会って話すたびに私たち罪悪感があった。」
「なんで?」
「三人が楽しかったのに、二人でそれ以上に楽しいなんて事なかったんだよ。二人が楽しいって思いこんでた。二人の間の会話にはいつだって君が居たし、それ以外の会話を私たちは出来なかった。共通の話題が君だけで、他に相手に興味が無かったんだよ。それなのに二人で楽しいなんて、君を見るたびに二人でいた時間の心の隙間は君だったんだって思ってた。」
「僕はそんなに大層な存在じゃないと思うけど…まぁ、ありがとう。」
「どういたしまして。証人…じゃないけどさ…、私たちの始りも終わりも君が見届けて欲しくて。二人で考えた結果、君にも立ち会ってもらったわけだけど、びっくりした?」
「そりゃ、どちらかというとしたよ。二人はうまくいってると思っていたから、別れ話なんて想像もしてなかったが本音。」
「だよね…本当、何処で間違ったんだろう…」
「これからどうするの?」
「どうもしないよ、どうもしない事にした。」
「え?」
「明日から、また三人で歩けないかな…?」
「それは…僕は三人でもかまわないけれど、一度吸った吸い殻が箱に戻る事は無いよ。戻ったとしても不自然は残る。」
「そう…だよね。」
しゅんとして項垂れる彼女。
失ったものを求めても、還らないものはかえらない。
だけど、まぁ…
「だけどまぁ…また三人で歩こうよ。君達が壊れた花瓶か何かだったら、僕が接着剤になってあげるから。」
それでも僕という個人が埋めてあげられる隙間があるなら、僕達の関係は悪くないのかもしれない。
価値観なんて人それぞれだけれど、別れた後でもどる関係があるとするならば、取り返してみようか?
とにもかくにも、
仲直りという修復作業には、僕の途方もない接着性が必要だという事を忘れないで頂きたい。
僕を挟んでの友情ごっこは、一度くっついたら二度と離れないかもしれないのだから。
全く。
近くて遠い、遠くて近い。
離れても尚、別れる事の無い関係。
友情以上のものがここにあるのだとしたら、僕らの間にある関係は………………